そろそろ部屋への帰り方を教えてもらって帰ろうと思った矢先、口を開こうとした私の気配を感じ取ったのか、ドフラミンゴは私の方に向き直り、ひょいっと私の体を担ぎあげた。
「へ」
(なになになになに)
「わっ…、ぶ、」
そのままドフラミンゴは私を大きなベッドにドンと落として、自分も寝転がった。何してくれてんだこの男。
「いきなりなんですか」
「一緒に寝ようぜお嬢ちゃん」
「嫌ですよ」
「ふっふっ…手厳しいなァおい」
「本当に何考えてるんですか…」
この状況で、しかも私みたいな小娘相手に、彼がその気になっていないのはよく分かる。でも彼の”一緒に寝よう”が卑猥過ぎるのだ。
「部屋への帰り方を教える気がなくなっただけだ」
あっけらかんと彼は言う。別にそのままじゃあもういいですと部屋を出ても良かったが、どうせ出たところで帰る前に朝が来る。実はもう眠いのだ。
「お嬢ちゃんイトイトの実って知ってるか?」
(卑怯だ!)暴力をチラつかせて言う事を聞かせるなんて民主主義に反している。あってはならぬ。でもこの世界は民主主義じゃあないから、私はもうこの人の力の前に屈するしかない。こうなりゃヤケだ。このめちゃくちゃ高そうなベッドで寝ることなんてもう一生にないだろうから堪能させてもらおうじゃないか。
「ふっふっふっ…いい子だ」
彼に背を向けて寝転がった私を、彼はその長い腕で意図も簡単に引き寄せる。腰にやらしく手を回した彼は、さっきの兄弟の話をしてくれと最後のお願いをした。エースくんとルフィくんの話をこの人にするのは、何だか気が引ける。いずれは戦うわけだし。
「ふたりとも海賊になりたいそうです」
「ほォ」
「貴方もいつかやられちゃうかもしれませんよ」
ちょっとした意趣返しのつもりが、ドフラミンゴはそれを聞くと小さく笑っただけだった。
「俺が海賊だなんてお嬢ちゃんに言った覚えはねぇが」
(あ)ついやっちまった。何も言い返さない私をそれ以上追求することはせず、ドフラミンゴは「ならもし俺がやられたら、お嬢ちゃんは悲しんでくれるか」冗談のような本音のような、ドフラミンゴは自分の気持ちを隠すのが上手い人だった。見抜ける力は私にないし、見抜いてしまったら面倒臭そうなのでやめておく。
「……ちょっとは胸が痛むかもしれません」
悲しくはない。だって私はいつも悪を正当化することはしないから、でも情が湧いた今なら、胸の欠片くらいは痛むかも。
「十分だ」
私は目を閉じた。たくさん話した疲れのせいか、すぐに眠気が巡ってくる。
「お嬢ちゃんはどこまで知ってんだ」
意識が深いところに落ちる前、背後で呟かれた言葉が私の心をひきとめる。
「何も…私は、ただの世間知らずの子どもです」
そう思っていてほしい。そこでぷっつり眠の世界に転げ落ちた。目が覚めたあとは港に着いた知らせを受けてすぐに船を出たのでドフラミンゴとは言葉を交わしていない。サヨナラくらいは言えばよかったと後になって思ったけれど、お礼は言ったし良いだろう。
だから私は、ドフラミンゴがぽっかり空いた右隣を見て、「逃げられたか」と呟いたことなど、今後一生知る由もない。