ドフラミンゴの前で正座した私。縮こまる私を見て笑う彼は、さながら餌を前にした獅子に似ている。ドフラミンゴは何を思って私を自分の船に乗せる気になったのか。まさか単なる人助けだなんてありえない。彼の非人道性は漫画を通して重々承知している。だから出会った時から今に至るまでこうして子羊同様震えているのだ。
私は高そうな絨毯と彼の歪んだ口元に視線を往復させて、退室する機会をひたすら待った。ここにいると何だか余計なことを言いそうな気がする。そして、それをドフラミンゴは見逃さないだろう。自分が特殊な生い立ちであることは理解しているので、なるべく自分のことを語るのは避けたかった。
「お嬢ちゃんの旅の目的は?」
ドフラミンゴの瞳がサングラス越しに私を捉える。私としては17歳を迎えて、18になろうかという今は着実に大人の階段を上っているような気がしても、彼にしてみればまだ年端もいかないガキにしか見えない。それがひとりで旅をして、まして遠くに行きたいなんて口にしているのを見れば、私なら彼女の不遇な生い立ちを想像して勝手に同情するか、大悪人かと辺りをキョロキョロするだろう。想像力がちょっとばかり豊かなのだ、私は。
「…目的は、特にないです」
世界を知るためというのは大袈裟で、たださ迷っていると言うには時間が経った。いやまあ世界を知りたくて、自分の足で冒険してみたくて、出てきたのだけど、それをこの人に言う義理もない。
「家族は?」
「…今は、いません」
キュッと唇を真横に結んだ私に、ドフラミンゴはそれ以上の追求はしなかった。
「──その髪につけてる飾りは、どうしたんだ」
ぺたりと髪に伸ばした手に触れたのは、母がくれた太陽の髪飾りで、事実をそのまま伝えれば彼は少し不満そうに息を吐く。これがどうしたのかと恐る恐る尋ねれば、「どっかで見た気がしただけさ」と言われてしまった。めちゃくちゃ珍しいものという訳でもないだろうし、ドフラミンゴほどの人間になればどこかの町や店で見かけたのだと思われる。私が彼の顔色を窺うと、不満そうな気配は消えていて代わりにまたあの薄気味悪い笑顔が浮かんでいた。
「じゃあお嬢ちゃんの旅の話でも聞かせてくれ」
(……嫌だ)私はカチカチの笑みを顔に貼り付けて、恐縮する声帯にムチを打つ。これまでの旅の話はありふれていてつまらないもののように私には思えたけれど、ドフラミンゴは満足そうに笑っていた。