その日、嬉しかったことがふたつある。

1つは、やっとこさ店長の息子さんがローグタウンに帰ってきたこと。初めて見るその人は優しそうな顔が店長にそっくりだった。

「きみが名前ちゃん? 親父からよく話聞いてるよ」
「いつもお世話になってます」
「こちらこそ」

親子揃ってこんなに優しいと今後のお店の経営が少し心配になる。学んだ経営術をどうにか生かしてもらいたい。息子さんは帰ってきて手続きしなくちゃいけないやら、久しぶりに旧友たちと遊びたいやらでお店に復帰するのはあと一週間ほど先ということになった。

好きなだけいていいよと2人は言うけれど、そういう訳にも行かない。いよいよこの街を出ていく時が近づいてきた。それは寂しいことだけれど、息子さんが帰ってきて嬉しそうな店長な顔を見れて私まで嬉しくなったのは本当。

2つ目は、あの事件以来忙しかったのかめっきり足の途絶えていたスモーカーさんが夜のお店に久しぶりに来てくれたことだ。

「よお」から始まり、エールビールを出すところまで、何事もなかったようにいつも通りだった。スモーカーさんはお酒を飲む。私は一応店内に目を配りながら、カウンターの中にいた。少しして、スモーカーさんのグラスの中身が半分くらいになった頃、スモーカーさんは小さく私を手招きした。

「ケガとか大丈夫だったか」
「へ」
「本当はすぐ顔出せたら良かったんだがな、…すまねぇ」

スモーカーさんは小さく眉を下げる。直ぐに私の様子を見にこれなかったことを申し訳ないと。そんなこと謝ることでもなんでもない。スモーカーさんは私だけのスモーカーさんではないのだから。

「いえ、このとおり元気ですから」

スモーカーさんはなら良かったと言う。これでも神様にぐちぐちと文句を言われたので反省はしてる。命は大事にしろとか無鉄砲がお父さんにそっくりとか。少しだけウザかった。(あ、これオフレコで。)

「今週の日曜、」
「はい」
「改めて飯でも行かねぇか」
「喜んで」

スモーカーさんは満足そうに笑った。私も嬉しかった。良い夜だ。月も綺麗なことだろう。