「なんか焦げ臭くねぇか?」
思えばそれは誰かが呟いた些細な一言で、咄嗟に私は鍋を見たけれどとっくに完成したそれは火にかかっていない。遠くの火事よりも一向に帰ってくる気配のないふたりの方が私にとっては心配だった。どうせこの森の中にいるのだし、散歩がてら様子を見に…いや死ぬなと思って浮き上がりかけた腰を落とす。あと少しして帰ってこなかったら皆さんの協力を仰ごうと決意した瞬間に、ものすごい勢いで扉が蹴破られた。
「大変だ! グレイターミナルがっ、ゴミ山が大火事だあああ!」
入ってきたのは山賊のメンバーの一人、それを聞いてなんてこったと思ったのも束の間、犯人はエースくんルフィくんと因縁のある海賊らしいしオマケにあのふたりはバッチリ火事に巻き込まれているという目撃情報まで来た。
「行くよお前達!」
一も二もなくダダンさんを先頭に全員が家を飛び出す、勿論私も。
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燃え盛る山を走り回ってふたりを探すこと20分。大騒ぎの中心にふたりを発見。急いで駆け付けたけれど、普段から運動のうの字もしない私は勿論盛大に遅れたわけだけれど何とか到着した。傷だらけのふたりが痛々しい。こんな小さな子供を痛めつけるなんてこの腐れ外道め燃えてしまえさっさと退却だ!と思ったら、エースくんが高らかに逃げないと宣言した。ドグラさんの必死の説得虚しく逃げる気はないらしい。ちらりと見ると傷だらけで抱えられたルフィくん。ああ、どこまで行ってもお兄ちゃんなんだなあと思うと、彼の危険すぎる我儘を咎める気にはなれない。
「エースはあたしが…! 責任持って連れて帰る!」
だから行け!とダダンさんの力強い声に押されて、私とその他の皆さんは走り出した。家へと向かう列を離れ、近くの川に向かう。洗濯掃除、その他諸々のためにここら辺の川の在り処だけは把握していたことに加えて、流石はゴミ山、大量に捨てられたバケツがあったことが功を奏した。出来るだけ大きなバケツにありったけの水を汲む。片手でひとつずつが限界だけれど、こんな火事だもの、水がなきゃ全員お陀仏。2度目の天国行き決定である。
「……重っ」
こんな細腕で何が出来ると誰かが見たら馬鹿にしたかもしれない。しかし、これこそ本当の火事場の馬鹿力である。
私がもう一度さっきの場所に戻ると、丁度戦いはふたりの勝利で決着していた。しかしもう時間は無い。辺り一面火の海だあ!とリアルに使う日が来ようとは前世では決して思わなかった。
「ふたりとも!こっち!」
「名前!?」
「お前、何やってんだい!こんな所で!」
「そんな事いいから早くこれを被って脱出を、」
バケツはふたつ。来る途中で零れた分もあるしギリギリだけれど無いよりマシ。とりあえず私とエースくんがこっちを半分ずつ被って、こっちはダダンさんに、と私はきちんと考えていたのに。ダダンさんは私の足元のバケツを見てすぐに私のやりたいことを理解すると、迷いなく1個ずつを私とエースくんの頭にそれぞれぶっ掛けた。
「ダダンさん!これじゃあ、」
「いいから行くよ!」
死ぬ気で走りな、とダダンさんは笑う。ちっとも笑い事じゃあ無い。こんな火の海を水も被らず走り抜けるなんて自殺行為だ。そんな私の戸惑いを感じ取ったのか、ダダンさんは雑に私の頭をかき回した。
「山賊舐めんじゃないよ」
山賊だって海賊だって善人だって無茶すれば死ぬんだ。でも今はこんなことしてる暇すらないんだ。私は覚悟を決めて、びしょびしょのエースくんの手を握りしめて死ぬ気で走った。
今回このシーンを書くにあたって原作を読み返してみたところ大きな間違いをしていることに今更気が付きました。私の頭の中では『サボが実家に帰る→(1ヶ月くらい)→グレイターミナル燃える→サボ船出』だと思っていたのですが、実際は『サボが実家に戻った直後にグレイターミナルを燃やす計画が発覚、火事でダダンとエースが戦闘、そこからサボ船出』でした。大変申し訳ございませんが、原作を歪曲してこのまま書き進めさせて頂きます。
以下が、当サイトの時系列です。
『サボ帰る→(1週間くらい)→夢主とエース・ルフィが出会う→(2~3週間)→グレイターミナル火事』