▽Ace

海で見つけた変な女は、名前と名乗った。ドクロをつけた船から降りてきたから海賊かと思えばそうじゃないと言うし、確かに見てみたらトロイやつだった。浜辺からダダンの家までの道ですらヒィヒィ言って、弱い奴。ルフィがあんなことさえ言わなきゃ野牛の角で刺されようが虎に食われようがどうでも良かったらのに。ルフィの馬鹿でお人好しな性格もアニキとしては困ったもんだ。

女を連れて帰った後、狩りで野牛を2匹仕留めた。それを飯にしたのはあの女で、飯は今まで食った中で一番美味かった。ルフィと山賊の奴等はアホみたいにバクバク食ってたけど、あの女が肉に手をつけなかったのを俺は知っている。只の肉嫌いなのか、それとも俺らと一緒の飯は食いたくないのか、何にせよムカついた。そんで、ルフィが山のことをちょっと教えて、あの女はそれを興味津々と言った様子でニコニコ聞いていて、楽しそうなふたりもムカついた。一緒の部屋で寝ろと言われのもムカついた。女は隅っこの部屋で寝る準備をしていて、俺とルフィが寝たって余る部屋なんだからもっと広く使えばいいのに。そんなに俺らと近付きたくないのかとまたムカついた。だから黙って寝た。さっさと出ていけ。

──夜中、目が覚めたのは喉が渇いたからだ。今夜は暑い。面倒だけど井戸にでも行くかと寝床を出ると、部屋の隅にある女の寝袋は空っぽ。やっぱり泥棒だったんじゃないのかと慌てて、家の外に飛び出せば外の切り株に座っている細っこい背中。間違いない、あの女だ。何してる?

「…おい、」

出来うる限りの低い声を出すと、女の肩がビクンと跳ねる。近づいて、動いていた手元を覗けば左手には俺の服、右手に糸のついた針。何してるのかわかんねぇ。分かったのは、危害を加える行為じゃないことだけだった。

「エースくん、」
「何してる」

二歩下がって距離を取る。女はああと頷いた後、俺の服を軽く持ち上げて直してたんだと言った。

「…なお、す」
「ここ破れちゃってるの、さっき気が付いたから」

女が指すところを見ると、確かに大きく破れていてそれは糸で半分直されていた。

「なんでお前がそんなことするんだ」

分からない、分からなかった。俺の服が破れていることはこの女には全く関係ないことだったから。こんな夜更けに、わざわざ月明かりの下作業するなんて馬鹿だ。

「服が破れてたらエースくん、困るでしょう」

笑った顔はさっきルフィと喋っていたときのものとはまた違うもので、女っていうのはこんなに沢山表情を持ってるのかと驚く。それに、赤くなっている自分自身にも。

「でも、お前は困らないだろ」
「確かにそうだね」

女はそれでも手を止めなかった。俺は水を飲みに来たことも忘れて、女から目を離せない。

「でも、エースくん達には助けてもらったから」

ありがとうねとまた言った。飽きるほど聞いた。怒られることすらあれど、感謝なんかされねぇ俺にはむず痒い。お前今日肉も食ってなかったなんでだと聞けば、気が引けただけだとまた笑った。それはまた違う笑顔だった。みんなが美味しそうに食べてくれたから別に良いのだという女は、本当に本当に馬鹿だ。

「…お前、馬鹿だな」
「そうかな」

俺が喉の乾きなんて忘れた頃、女は出来たよと手元の服を広げて見せた。ボロボロだった服が綺麗になってる。

「あんまり危ないことしちゃダメだぞ」

こういうとき──人に何かをしてもらった時──言わなきゃいけない言葉がある。でも鬼の血を引く俺は知らなかった。