WELCOME TO DOMINO CITY!!

港に立てられた見慣れない看板が、あんまりダサくて「うわ」と言えば隣にいたシャチさんがハハッと笑った。こんなの、昔はなかったと思うけど。新しそうなところを見るに、最近立ったのだろうか。
一丁前に観光地のような雰囲気を出してくるのが余計にダサくて恥ずかしいなと思ったが、私の知らないところで、私の故郷もたくさん変化したのだろうと納得する。
この街に何も残さず、還元しなかった私に口出しする権利はない。

上陸後、船長はいつもと同じように出発予定日だけをクルーに告げた。
20人を超える大所帯になった今、停泊中はクルーは3班に分けられ、停泊日数により買い出し、船番を順に担当する。予定がなければ自由行動だ。かく言う私は、大体船番組のご飯や、食料の買い出しにお供することが多い。
……まあ、今回ばかりはそうもいかないみたいだけど。

名前
「なんですか」
「お前は、今回は船に残らなくていい」
「そうなんですか」
「お前は俺と一緒だ」

解散するなりそう言われ、なんとなく予感が当たる。
ここへ行くと言い出したローさんのことだ。何か考えがあるのだろう。私は黙ってそれを受け入れ、じゃんけんをしているみなさんに一言断って、ローさんの後へ続く。珍しく、島上陸一番乗りになった。

故郷の土を踏む。
それはもっと厳かな儀式のようなものを想像していた。
15歳の私を送り出した土地は、変わらぬ風で私を受け入れる。見知らぬ看板。見知った船の数々。港に揺れる何の模様か分からない旗も見覚えがある。

「——行くぞ」

その中に立ち、私の方へ振り返るその人も、記憶の中には決して存在し得ないはずなのに、何故かずっと昔からそこにあったような気がした。
ローさん。
小さな声で名前を呼ぶ。聞こえなくてもおかしくないその声を、彼の綺麗な形の耳は拾って、律儀に進みかけた足を止める。

向けられた微笑みに、私は何故か、泣きそうになる。
私が生まれた場所に、世界で一番好きな人が立ち、笑っている。それだけで、胸が痛んでしょうがない。



ローさんは静かだった。
いや、いつも静かだけれど、今日は一際静かだった。

ローさんは初めて来たはずの場所を慣れた足取りで進み、迷いなく島の中央部を目指す。一周するのに半日も要らないような小さな島だ。彼の長い足はすぐに止まった。

「ローさん?」
「なんだ」
「どこか行きたいところがあるんですか」
「そうだな」

ローさんが、視線を周りに向ける。私も彼の言葉の先を促すより先に、その視線を追いかける。
広場の噴水。アーケード入口の花のアーチ。広場にはポップコーンのワゴンが出ていて、子供が2人並んでいる。
珍しいものは何もない。よくある田舎の港町だ。あんな看板を立てたって、ここは観光地でもないし、何か目的を持って訪れるような場所じゃない。それは、私が一番よく知っている。

「何にもないですよ」

もう二度と、帰らないだろうと思った場所だ。未練もない。でもいざ戻ってみれば、感慨深いような気はしている。

「……あるだろ」
「え?」
「お前が、育った景色が、ある」

咄嗟に、ローさんの手を握る。DEATHなんて縁起でもない単語が刻まれた長い指を隠すように。それはゆっくりと握り返された。寒さにはもう慣れたけど、寒いことを言い訳にして、固く固く手を結んだ。