体を起こすとシーツが肩からずり落ちて、寒さが肌に突き刺さる。故郷の冬はこんなにも冷えるものだったかと頭を捻れど、はっきりとした記憶は蘇りそうになかった。
結露で真っ白になった窓ガラスを指でなぞり、隙間から、明けたばかりの空を見る。雲ひとつない澄んだ冬の空だった。白い鳥が、一羽高く飛んでいる。

冬の寒さは記憶にないのに、その鳥は、なぜか見たことがあるような気がしていた。



世界が大きな変化を遂げた後も、私たちハートの海賊団の冒険は続いてゆく。
新たな一路を走り出す前に、ここへ行くと決めたのは船長の独断だった。それは、口に出したことは愚か、心で願ったこともないことで、私は咄嗟に言葉が出なかった。
いや、小さく「えっ」くらいは言ったこともしれないけど。でも、そのくらい、私には考えたこともない話だったのだ。

名前の生まれた島へ行く』

船長の言葉に、異論を唱えるクルーはいなかった。
私だけが『必要ない』と言ったが、「用があるのは俺だ」と言われてしまったら、私とて反論の余地はない。初めて見た時から一回りも二回りも逞しくなったポーラータングは、一時、偉大なる航路を出て、東の海の小さな島へ向かった。

「着いたのか」
「……そうみたいです」

掠れた声でローさんが尋ねる。視線を室内に戻せば、ベッドの上で片目だけを開き、眠そうに閉じたままの左目を擦っていた。
ローさんの朝が弱いのは昔からで、これでもだいぶ健康的になったのだが、それもこれも数年にわたる私の献身のおかげである。何せベポさんにも感謝されているくらいだ。

「さみぃな」
「本当に。こんなに寒いとこだったかな」

私が記憶にないような口ぶりでそう言うと、ローさんは私の腕を引いた。早く布団に戻れと無言で語っている。もう眠くもなんともなかったが、生憎、今日は食事番の仕事も休めと口すっぱく言われているので早起きする口実はない。
大人しく、私は彼に腕引かれるままに隣へと身を戻した。

「当然のことは忘れるもんだ」
「そういうものですか」
「ああ」
「じゃあ、——」

私たちが、私とローさんが経験して、積み重ねていく当然のことも、いつかはその輝きを忘れてしまうものですか。
ウン年ぶりの故郷に、自分でも気づかないままにソワソワしているのか、そんな意地悪が口をついて出そうになる。そんなこと、聞くまでもないのに。そんなこと、聞いたってローさんの眉間の皺が増えるだけなのに。

「じゃあ、なんだ」
「——じゃあ、……ローさんがイケメンなことも、いつかは忘れるかもしれませんね」

美人は3日で飽きるって言いますし。冗談でそう言えば、ローさんが心底意味の分からないという顔をしてきたので、朝なのに声を出して笑ってしまった。
そんなことを言ったって、眉間に皺が寄っても、意味の分からないという顔をされても、どうせ、明日も明後日も、彼を格好いいと思うのだ。朝寝起きなのに、こんなに格好いいんだから。

「くだらねぇこと言ってねぇで、まだ寝てろ」
「もう早起きが染み付いてるんですよ」
「いいから。まだ、いいだろ」
「もう……」

長い腕に絡め取られて、大人しく彼の胸の中で小さく息を吐き出した。さっきまで肌を突き刺していた寒さも、今は部屋の外へ追い出されてしまったらしい。ローさんの横は、いつだって暖かい。いつだって暖かい人の隣で、目を瞑れば、いつだって優しい夢を見ていられる。