ゆっくりと水面に浮かび上がるように、意識が浮上する。
瞼の向こう側に光を感じる。眩しいな。目を開けてもいないのにそう感じた。柔らかいベッドの上。優しい木の匂いがして、鳥の声が聞こえる。
重たい瞼をひらけば、見知らぬ天井が見えた。誰かの家だ。ポーラータングでもドレスローザの王宮でもない。首を静かに動かせば小さな家のようだった。
「……ここは、」
体を起こそうとした途端に、薬が切れたみたいに身体中が痛み出して無理だった。あー。頭もようやく目覚めたように、激しい戦いぶりが脳裏に浮かんだ。また無茶をした。自覚はある。ローさんの痛みもルフィくんの痛みも背負った体は、いつ壊れてもおかしくなかったと思う。なんとか生きているみたいではあるけれど。
ガチャ、
「目が覚めたか」
「ローさん、」
扉が開いて、入ってきたのはローさんだった。手にはカップを持っている。ボロボロだったけれど、確かに生きている。痛む身体をどうにか起こそうとすれば、ローさんはカップをサイドテーブルに置いて手を貸してくれた。
「痛ぇなら無理するな……って、」
「よかった」
ずっと一緒にいた。近くで彼を見ていた。復讐のために戦い、ボロボロになる彼を見ていた。それなのに、今、ローさんを抱きしめずにはいられない。ローさんは珍しく少し驚いて、それでも私の体をそっと抱きしめ返してくれた。
ドクドクと心臓が鳴る。この分かりやすい音は、きっと私のものだろう。
ローさんの体を抱きしめて、彼が生きていることに安堵する。彼が無事に戦いを終えてくれたことに心の底から感謝する。頂上戦争の後、エースくんが生きていてくれたことを知った時と同じように、今は、目から溢れる涙の止め方を知らない。
「それはこっちのセリフだ」
「はい。すみませんでした」
「謝るくらいなら言うことを聞け」
「努力するけど、でも、いざとなったらまた同じことをします」
ローさんが、私に危ないことをするなと言うように、私もローさんには本当は怪我ひとつしてほしくない。カッコいい顔に傷がつくなんて勿体無い。私の心臓はいくつあっても足らないんだから。だから、これから先も、私の目の前でローさんが苦しんでいたら、私はきっと、彼に手を伸ばすだろう。彼の分まで痛みを受け入れたいと願うはずだ。
「ったく」
「みんなは?」
「外で飯食ってるぞ。ここはキュロスの家だ」
「そっか、よかったです」
窓の外から楽しそうな笑い声を、風が運んでくる。
この町にも、ようやく平和が帰ってきたらしい。ルフィくんと、ローさんたちのおかげで。
「体は」
「びっくりするほど痛いです」
「……寝てろ」
「待って」
もう少しだけ。このままがいい。
私のわがままに、ローさんは呆れたように笑い、そして私の頬に口付けた。
伝う涙を、彼の舌が掬う。ほつれた糸を正しく結び直すように、私たちも唇ふたつを合わせた。彼の傷が少しでも癒えたら。この街に平和な春が舞い戻ってきたように、いつかローさんの心にも、穏やかな幸せがあればいい。悲しいことも辛かったことも、苦しかったことも、何もかも分かち合う必要はないけれど、それでも共に背負う覚悟くらいはある。
「どこにも、」
「え?」
「……どこにも行くな」
彼の瞳に宿る孤独を、私は気づかないふりをする。彼の悲しい思い出を塗り替える必要はない。思い出のひとつひとつに意味がある。その悲しみは、彼が愛されていた証なのだ。
「行きません。ずっと、ローさんの近くにいます」
「言ったな」
「うん、言いました。ローさんが嫌だって言ってもそばにいてやります」
笑って。愛してるから。これから先は、私の人生であなたが愛されていると証明するから。