逃げ惑う人の波をかき分け、前へ進む。ローさんのあんまり近くにいたら邪魔だろうから、せめて無事だけでも確認して。いや、やっぱり来ない方が良かったかな? でも彼の命の紙が燃えている。これが燃え尽きた瞬間が終わりの時だ。やっぱり迷っちゃいられない。肺に穴を空けてでも走るんだ。
バキバキバキバキ ドーーーン
「今度はなに……」
あっちで災害、こっちで災害。冷静になるととんでもないところを走ってる。
「ルフィくん!?」
道の真ん中にいたのはルフィくん。もうボロボロのフラフラだ。ドフラミンゴの壮絶な戦いっぷりがすぐに見て取れる。それなのに町の人は、海賊だから近づくなって? そんな薄情な。
「わ、危なっ」
「……名前?」
「そう、分かる?」
「……ああ、よかった、無事だったんだな」
「私のこと心配してる場合じゃないって」
そんな私たちの近くに、コロシアムで実況をやっていたおじさんが近づいてくる。ドフラミンゴが来る。猶予はない。こんなにボロボロでも、それでもここで戦えるのは彼らしかないないんだ。ルフィくんやローさんに力を貸さないと、どの道、この島中の人間が助からない。
「……10分ほしい……」
覇気の回復に必要な時間は10分。
「10分、」
「おい! 10分稼げば俺たちを『鳥カゴ』から出してくれるんだな!?」
「——約束する」
彼の目の光は、まだ死んじゃいない。キャッツさんがルフィくんを背負い、闘技場の剣闘士たちが時間を稼ぐ。長いようで短い600秒。
「おい姉ちゃんは!」
「ルフィくん、右手貸して?」
「……なんだ、」
「手、繋いでほしいの」
こんなことでなにを救えるんだろう。私になにができるんだろう。誰かの代わりに痛むことが、今できうる最大のことだとしたら、それを恐れる必要はどこにあるんだろう。ルフィくんの右手を握る。全速力で走りながら、少しずつ少しずつ。でも確かに時間を稼ぐ。
「名前っ」
「姉ちゃん、アンタ体が、」
「気にせず走って、ルフィくんも目、……閉じててね」
体の芯がぐらぐら揺れる。こんな痛みと島中の人の希望を背負って戦うひとに、私ができるのはこのくらいだ。無力ばかりを嘆いた。自分の弱いのが嫌だった。でも、そう簡単に強くはなれない。心だけだ。強くなれるのは。
「そいつの覇気は、戻るのか——?」
「七武海!」
「ロー、さん……」
隣に立つ私を見て、傷だらけのローさんが顔を顰める。そんな顔したのは、私の方ですよ。見るからに死にかけになっちゃって。腕なんかすごいことになってますよ。
「一刻を争う勝負だ、あとは——俺が預かる」
鳥カゴが迫る。ローさんの言うように、一刻の猶予もない。キャッツさんはマイクを握って国民を鼓舞し、ルフィくんは刹那の眠りで体力を回復する。かざした左手で受け止め切れる痛みももう限界に近かった。
「もう、やめろ。お前が死ぬ」
「ん、そうします。もうきっと、ルフィくんなら大丈夫です」
ガレキの影に身を潜める。10分が、もうすぐ終わる。倒れるようにローさんの近くへ行けば、彼のちぎれかけた左腕が目に入る。これだけ戦っても勝てないほど、強い人なんだ。ドフラミンゴは。恐ろしい人だなあ。恐ろしいところだった、なあ。
吐きそうなほど体が痛む。切れた場所がジンジン熱を持ち、視界も次第にぼやけてきた。
「無茶しやがって」
「ふふ 私のセリフです」
「名前、おい」
「大丈夫。ちょっとだけ目瞑ります」
痛い。苦しい。息、うまくできない。でもまだ、生きてる。
私の肩を掴んだ、大好きな人の手の感触は、ちゃんとまだ感じている。