「入れ」

ガタン、
重い扉が閉まる。小さな礼拝堂のような建物の裏手にある牢屋のような部屋。冷たい空気の満ち満ちた場所へ押し込められる。乱暴されずにここに入れられたとはいいとして、ここじゃあ周囲の状況がまるで読めない。あー困った。いや、さっきからずっと困ってた。

ヒックヒック ドフラミンゴたちは自分たちの勝利を確信しているはずだ。自分たちのホームタウンであるこの島で、まさか負けるとは思っていないだろう。しかし、ここは『ワンピース』の世界。よほどの間違いがなければ、勝つのはルフィくんに違いない。ヒックヒッ ドフラミンゴは最初から敵って位置付けだった気がするし。この戦いを前に『ワンピース』から離脱している私が知っているのは、ローさんの過去編のところだけだ。ロー好きの友達が何度も言うから知ったけど。まさかローさん死なないよね? 友達もそんなこと言ってなかったし。ヒックヒック

私が物語に介入しあれこれと改変している皺寄せが、どこかに行くとしたら?
……いやいや、今そんなこと考えても仕方ないし。ヒックヒック

「だ、誰!?」

こんな場所に私以外いるはずないから聞き間違いだとスルーしていたけれど、これはもう間違いじゃなく正真正銘誰かいる。小さな泣き声。女の子?

「誰かいるんれすか……?」
「え」

か細い声が聞こえてくる。でもここには、誰も——嘘。
振り返った先、小窓のような場所から小さな顔と手が覗く。私が入れられた場所のさらに奥、胸くらいの高さに鳥籠みたいな檻がついている。そこにいるのは、こ、小人?

「あなたはドフラミンゴの仲間ではないれすよね?」

私の姿を見て、小人さんが問いかける。ちっさ。可愛い。そうだよ、巨人族だっている世界に小人がいない訳がない。もちろん見たのは初めてだけど。

「あなたも捕らえられたのれすか?」
「……そうです。あなたも?」

小さな首がこくりと動く。小人さんは、あのローさんがシーザーの取引場所に指定されたグリーンビットという島に住む小人族らしい。名前はマンシェリーさん。ゆっくり近づいてよく見てみると、お人形さんみたいに愛らしい。

「あ、泣かないでください。マンシェリーさん」
「すみません、ヒック でも、お家に帰りたい」
「きっと助けが来ますから。もう少し頑張りましょう?ね?」

 そう言って、マンシェリーさんの木の実ほど小さな涙を拭おうと小指を伸ばす。彼女の涙がそこに触れると、嘘みたいに傷のついていた指がすっかり良くなった。ん?

「それが私の能力れす」
「これ、が」

チユチユの実の能力者。自分から出た水分で生物の傷を癒すことができるらしい。

「だからドフラミンゴに?」
「はい。私の力を利用しようとしているんれす」
「なるほど」

これは確かに能力者が欲しがりそうな力だ。攻撃は自身の武器を磨けばいいが、治癒はどうにもならない。なるほど、つまり私がここへ連れてこられた理由も——

「あなたも同じれすか?」
「う〜ん、私のは少し違うんです」
「どう違うんれすか」
「私のは、こう左手をかざすと傷を移すことができて」
「あなたが傷だらけに?」
「まあ、見てのとおり」

そうならないのがベストだけど、いつも上手くはいかない。

治癒の早い特異体質だってある。それにマンシェリーさんの可愛らしい涙のおかげもあって、今はさっきまでの痛みもかなり回復している。私のボロボロの姿を見て、心優しいマンシェリーさんがまた泣きそうになるのを必死に宥める。

「私、ここでドフラミンゴ王たちにだまされていたんれす」
「騙されて?」
「私、もう悪い人を治すのは嫌れす」
「そっか、そうですね。マンシェリーさんは正しいですよ」

泣かないでくださいね。大丈夫ですからね。きっと助けに来てくれますよ。

何度も何度もそう言った。きっと大丈夫。マンシェリーさんだけじゃなく、自分自身に言い聞かせるように。マンシェリーさんも、私も大丈夫。ローさんだって、きっと大丈夫。彼は言った。復讐だけが人生じゃない、と。だから、きっと。

何度目かの大丈夫を言った後、再び扉の開く音。

「さァ、仕事ざますよォ」

まだ、助け舟ではないらしい。