運命の午後3時まで8時間を切っている。私たちは全員を二つに分け、シーザーを引き渡すチームと、サニー号を保守するチームで行動することになった。ルフィくん、ローさんはもちろん引き渡しチーム、戦闘力のない私はもちろん船で留守番だ。
『絶対にキャプテンから離れるな』と言われてここまで来たが、留守番組はナミさんやブルックさんがいる。ドレスローザの島に上げるよりも安全だという船長判断だ。
「お前にこいつを渡しとく」
「ビブルカード?」
「さっき話した“ゾウ”という島を指す。俺たちに何かあったらここへ行け」
ローさんがそう言ってナミさんにビブルカードを渡した途端、ウソップさんやチョッパーさんが顔を青くする。まあ無理もない。私も怖いのは苦手だ。
「名前」
嫌だな。最後みたいに名前を呼ぶのはやめて欲しいのに。
「あれはまだ持ってるか」
ローさんの言うあれが何を指すか。思い当たるものなんて一つしかなくて、なくさないように肌身離さず持ち歩いてきた血塗れのビブルカードをポケットから取り出した。ローさんがそれを見て頷く。そして、私の手のひらをそれと一緒にぐっと握り込めた。
「失くさずに持ってろ」
「いいんですか」
「なにが」
「これがあれば、私はあなたのところへ行けるんですよ」
ローさんの居場所を指す、たった一枚の紙。私はこれに命を救われた。だから、ここにいる。この紙が、あの時私を彼の元へ導いてくれたから。
「死んだかどうかくらいはアイツらに知らせてやれ」
「ローさん!」
「冗談だ」
柄にもない冗談を彼が言って。私は真剣な顔で怒っている。握った手のひらが、まだ彼の温度と手の大きさを忘れないうちに、どうか帰ってきて欲しい。
「本当に冗談にしてくださいね」
「ああ」
「――約束」
握った拳にキスをした。
彼も、私の温度を忘れる前にここへ戻ってこれるように。そして二人で、みんなの元へ帰れるように、と願いを込めて。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
サニー号居残り組。波は穏やか。今のところ、居残り班だったはずのサンジさんがいないこと以外は特に問題なく進んでいる。
「名前、さっき何見せてたのよ」
退屈そうに柵に肘をついたナミさんが、私の方を振り返る。太陽の光を受けて煌めく彼女のオレンジの髪はとても綺麗で。潮風で傷んだ自分の髪とこっそり比べて悲しくなる。綺麗なものに憧れるのは、女の性である。
「これです」
「げ 何よこれ、またビブルカード?」
「当たりです」
ナミさんは片方の口端をあげて、「もしかしてトラ男の?」と尋ねる。そのまさかだ。私が頷くと、ナミさんは綺麗な顔を顰めて「血塗れじゃない」と言った。まさしく、私が彼からもらったビブルカードは血塗れだ。ほとんど何が書いてあるかは分からない。
「これ、私の血なんです」
「はァ!? ――って、あの戦争の時の……」
「その時に持っていたのがこれで。だから、私はルフィくんと一緒にローさんの元へ行けました」
私が望んだことというよりも、私がこれを握っていたという意思を汲み取って、ローさんの元へ運んでくれたジンベエさんのおかげなのだけど。
「これがアンタとルフィを救ってくれたってわけね」
「そういうことです」
海風に吹かれて笑いあう、怖いくらい穏やかな時間だった。しかし、平和は長く続かない。ワンピースという恐ろしい世界では特に。
いや、彼自身が嵐みたいなものか。