シーザー・クラウンを人質に度フラミンゴへ交渉を持ちかけた翌日。ドレスローザへと向かう船の上で、私たちは等しく朝を迎えた。女子部屋から出ると、ローさんは既に起きて、甲板に立っていた。部屋の扉が開く音で振り返る。おはようございますと声をかければ、彼も小さな声で挨拶を返してくれた。麦わらの皆さんはまだ夢の中だ。
「コーヒーでも飲みますか」
「場所分かんのか」
「昨日サンジさんに教えてもらったんです。好きな時に使っていいって」
ローさんと連れ立ってキッチンに入る。ポーラータング以外のキッチンに立つのは、なんとなく不思議な気持ちだ。違和感がある。ローさんはそんなこと気にもせず、平然とイスを引いたけれど。
「はい、どうぞ」
「ああ」
こうしてローさんと二人、キッチンで顔を付き合わせてコーヒーを飲む時間はひどく穏やかで、今が渦中であるとはとても信じられない。もうすぐとても恐ろしいことが起こる。ドレスローザの戦いを、私は知らない。そこでドフラミンゴに対して、ローとルフィが共闘すること以外は、何も。
「……無事に終わるでしょうか」
元々こちらから仕掛けた交渉だ。
シーザーを人質に取り、優位にあるうちに事を進める必要があある。
「さあな、相手はドフラミンゴだ」
頭の中にある、ドフラミンゴさんの姿を思い返そうとしても、浮かぶのは寂しそうな横顔と子供のような寝顔だけだった。それももう10年近く昔の話。あの頃はまだドレスローザの王様ではなかったはずだ。闇のブローカーとして名を馳せているとは聞いていたけれど、彼がどれだけ恐ろしい人なのか。本当の意味で、きっと私は何も知らない。
「あんまり無茶なことはしないでくださいね」
「――」
「……って言っても、今回ばかりは無駄ですね」
ローさんがふっと笑う。悲しくなるのはいつものことだ。ロシナンテさんの敵討ち。ドフラミンゴを倒して復讐を果たすことは、ローさんの悲願であり宿命でもある。いくら止めたって無駄だ。分かってる。分かっているからこそ、不安になるのだ。
「俺は死んでもアイツを倒す」
頷いた。彼の進む道の、邪魔にだけはなりたくない。
「だが、復讐だけが人生でないことはもう知ってる」
「……そっか、」
「俺の帰る場所で、待ってるって言ったのはお前だからな」
だから、と彼が口籠る。その続きは彼の口で言って欲しいような気もしたけれど、そんなに多くを望んでバチが当たるのは御免だ。これだけ彼が心を砕いてくれた。それだけで、もう十分だから。
「はい、待ってます。ローさんがちゃんと帰ってこられるように」
どこへ行っても、迷わず戻ってこられるように。どこまで身を落としても、ちゃんと見つけられるように。私は私なりに、彼と生きてゆく。
朝が来た。キッチンの小窓にも、爽やかな朝の光が差し込んできた。ブルックさんの騒がしい朝の知らせを聞きながら、残ったコーヒーを飲み干した。
:::【ドンキホーテ・ドフラミンゴ 七武海脱退・ドレスローザの王位を放棄!?】
今日の朝刊の見出しは、昨日の交渉結果を告げている。彼はローさんの要求通り、シーザーを引き換えに、七武海を脱退して見せたのだ。
そして同じ新聞は、大きくハートと麦わらの海賊同盟についても報じていた。ニュース・クーって、ゾウの国にも届いているのだろうか。だとしたら、みなさん驚いてるだろうな。また勝手に決めてって怒っているかな。それはないか。
ルフィくんを筆頭に、麦わらの愉快な日常の一コマを眺めている間にも、交渉は進んでいた。シーザーの引き渡しは、ドレスローザ近くの孤島・グリーンビットのビーチ。午後3時に、そこへシーザーを置き、ドフラミンゴが回収。午後3時の取引に相手の気を集中させている間に、ローさんたちはドレスローザ内にあるスマイルの工場を潰す、と。内容は盛りだくさん。ハードな1日になることは間違いない。
上陸前に計画を、と至極真っ当なことを言うローさんとは対照的に、ルフィくんはもう今日の朝ごはんに夢中だ。私も、空きっ腹にコーヒーで空腹だ。
「おい、お前ら――!」
「まあまあ、ローさん。今はみんなのペースに乗せられておきましょう」
「お前まで……」
「ローさんのおにぎりは私が握りますね」