サニー号に揺られて、次なる目的地へ向かう。ポーラータングももちろん大好きだけれど、サニー号も広くて綺麗で立派な船だ。これぞ、日本を代表する漫画の主人公に相応しい。

 夜もすっかり更けた頃、寝付けずに女子部屋を抜け出すと甲板の柵にもたれてローさんが立っている。私が声をかけると、彼が振り返った。

「飲み物でも入れましょうか」
「いい。ここにいろ」

 彼の隣に腰を下ろす。弱い風が吹いている。あんなに寒かったのが嘘のように快適な温度だ。私たちはしばらく無言で肩を寄せ合っていたけれど、彼が小さく息を吐いて、じっと視線をこちらへ向けた。何かと問うように見つめ返しても、無言のままだ。

「――ローさん?」

 どうかしたか、と尋ねる。迷っているようだった。何に? 彼はかぶっていた帽子を目深に被り直し、ようやく話す気になったらしい。

「白猟屋になんの用事だった」

 聞き難いことのように問われたそれが、あまりに呆気なくて私の口から「へ」と間抜けな声が漏れた。白猟屋、ああ。スモーカーさんことか。島を出るとき、私が彼と話していたことをずっと気になっていた、と。それって、もしかして。

「妬いちゃったんですか」
「あ?」
「怖い怖い」

 そんなヤクザみたいな声と顔しなくても。私、こんなか弱いのに。

「冗談ですよ。スモーカーさんには昔お世話になったのでそのお礼とか思い出話とか、ちょっとしたかっただけです」

 私の答えが不満なのか、眉間に刻まれた深いシワは治らない。当たり障りのない回答が気に入らなかったのか。じゃあ、どうしろと。

 そのとき、夜風に紛れてローさんの手が私の首元に伸びる。なんだと思った時には、彼が私の首に触れて、そこにかかるネックレスを引っ張り出していた。

「これは白猟屋に贈られたものだろ」
「流石に記憶力いいですねえ」

 戦争の前に話したような気がするけど。なんでも覚えているんだなあ。今はそれが彼の機嫌をさらに損ねたような気がしてならない。時に厄介だ。

「お守りみたいもので、深い意味はないです」

 ――だから、引きちぎっちゃダメですよ。彼の手が離れてゆく。小さく笑う。海賊みたいな悪い笑顔だ。

「保証はできねえな」

 今しがた離れていった腕が、今度は私の背中に周り、そっと引き寄せられていた。こうして抱き合うことも久しぶりで、顔が熱くなる。生きてるって最高だ。彼の心臓の音を近くで感じ、彼の生を実感する。やっぱり、これはここになくてはいけない。

「意地悪言わないでください。今はこんなにローさんのこと愛してるのに」

 対抗するように彼の体を強く抱きしめる。私は弱い。でも誰かのために強くありたい。それが彼だ。生きていく覚悟も強さもまだ足りないかもしれないけれど、もう迷う道はない。ここに彼の心臓がある。彼は、私の心臓だ。

「……離す気はねえよ」

 誰も見ていない船の上。どちらからともなく唇を寄せ合う二人。離す気などなく、離れる気もまたない。何があっても、彼を愛している。

「花冷えの夜半」〆
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