無事、トロッコに乗ってシノクニを脱した私たちは、次は島からの脱出するために準備をしていた。子供たちの治療の問題もあるし、ここは何より海軍と海賊が入り混じっている。問答無用で捕まることはないにしても、さっさと別れてしまわないと、お互い都合が悪いことの方が多いのだ。

 ナミさんと一緒に、子供たちをたしぎさんに預け、私はローさんを探していた。どうにも何も言わずにフラッと姿を消すのが得意なので困る。

 ……あ、いた。しかもスモーカーさんと一緒だ。並んで座る二人を見つけると同時に、ローさんも私に気がついて、立ち上がった。こちらを見るスモーカーさんの視線に、心臓が少しだけ早くなる。変わらないなあ、スモーカーさん。格好いいまんまだ。

「探しました」
「今行く」
「あの! ――先に行ってもらってもいいですか?」
「あ?」
「ちょっと話が、」

 私がチラリとスモーカーさんを見ると、ローさんはあからさまに眉を顰める。機嫌の良くなる話でないことは承知の上だ。でも、これで最後になるかもしれないのなら、絶対に後悔はしたくない。

「……遅かったら置いてく」

 私がありがとうございますと言うと、ローさんはそのまま私が来た方向へと歩いて行った。スモーカーさんは座ったまま、何も口を挟まなかった。

「お久しぶりです、スモーカーさん」
「ああ。もう10年か」

 ローさんが座っていたところに私も腰を下ろす。さっき再会したときは、心を落ち着けて話せる状況じゃなかったので、もう一度ゆっくり話がしたかったのだ。

「たまに新聞で見かけます。すっかり昇進してしちゃったみたいで」
「そりゃあこっちの台詞だ」
「お騒がせしてます」

 スモーカーさんが、緩やかに振り返る。初めて、目が合った。おっかない顔をしているのに、視線はいつも優しい。それは10年経っても変わらない。あの頃よりも幾分も大人になって、渋い男になっている。ゆらゆらと立ち上る葉巻の煙に、焦がれた10年前をありありと思い出す。私も彼も、ひどく若かった。

「こんなことを言うのはダメかもしれないけど、でも。もう一度会えたらいいなと思ってました」

 今や私は追われる身。彼は私やローさんを捕まえることが仕事だ。ここで別れれば、もう道は交わらない。
 私は首元にかけていたネックレスを引っ張り出して、彼に見せる。いろんなものをあの研究所に置いてきてしまったけれど、首から下げていたこれは無事だった。一片が欠けた星。スモーカーさんが、私にくれたネックレスだ。

「……まだ持ってるとは思わなかった」
「お守りみたいなものです。初めて、誰かからもらったプレゼントだったから」
「海賊のくせに律儀な女だ」

 そう言いながら、スモーカーさんは優しい微笑を浮かべている。ちょっとだけ悲しかった。終わってしまった恋に花を手向ける。今日がその日だ。私は今、人生を懸けた愛の只中にいる。それでも、”初めて”は誰にとっても代え難い。

「スモーカーさんは、私の初恋でした」
 私の言葉が意外だったのか、スモーカーさんが目を丸くする。そんな顔を見るのは初めてだ。
 16歳。あれは恋だった。あっという間にやってきて、あっという間に過ぎて行く。それでも確かに、あの時の私は彼に、恋をしていたのだと思う。強く優しい、正義の背中に。

「忘れません。これも、思い出です」

 私がまた、そっと星のネックレスを服の中に仕舞った。スモーカーさんは何も言わなかった。でも悲しそうな顔をした。この10年間、いろんなことがあった。いろんな別れ道があった。それが一つでもズレていたら、私が彼の隣に立つ。そんな未来もあったのかもしれない。たらればの話なんて、何の意味もない。

「あんまり無茶はすんじゃねえ、すぐ死んじまうぞ」
「はい」
「次会ったら捕まえる。もう俺の前には現れないのが身のためだ」
「……はい」
「お前が海賊になろうと、あの街で出会ったことも、そいつを贈ったことも、後悔は、してねえつもりだ」

 はい、とうなずいて。彼が立ち上がる。もう時間だ、行かなくては。

「そういえば、スモーカーさん、昔、次会ったら教えてくれるって言ったこと、覚えてます?」

 スモーカーさんは、葉巻の煙をふっと外に吐き出して、「いいや、覚えてねえな」と言った。恋には秘密がつきものだ。言えない言葉を心で殺して、みんな平気なふりして生きている。