「心臓を交換した?」
「ああ」
「ああ、じゃないですよ」
なんてことしてるんだと、顔を青くするのは私一人。ぽっかり心臓を敵に預けたローさんは素知らぬ顔で、私の作ったカレーをパクついている。なんでまたそんなことをと訳を聞けば、お互いに害を為す真似はしないぞという証らしい。にしたって、そんな物騒な話。いくらローさんの能力で問題がないとは言え、生きている人間の心臓が別の場所にあるというのは怖い話だ。
「あいつらも下手にことを荒立てたくはないはずだ」
「そう、でしょうけど」
「……余計な心配するな」
「余計な、って」
ハア。態とらしく大きなため息を吐けば、ローさんはムッと顔をしかめる。顔をぐしゃぐしゃにしたいのは私の方だ。全く、人の気も知らないで。
「問題ない 計画通りだ」
「そうですか」
私はローさんの計画の邪魔なんてしたくないし、彼が望むように生きて欲しいと思う。ドフラミンゴを倒して彼の本懐が遂げられるというなら、それでいい。もしも私にできることがあるなら、もちろん何だってやる覚悟はある。
でも、結局のところ、私よりも何倍も強く賢いローさんに比べて、私ができることなんて食事の管理くらいだ。ドフラミンゴを倒すための、彼の剣にはどうしたってなれない。
それなのに、当の本人は平気で危ないことをして、自分の体なんてこれっぽっちも労わない。挙げ句の果てに心配するなと、待ち人の役目すらいとも簡単に奪ってしまうのだから、残酷な話だ。心配もさせてくれないのなら、こんな恐ろしいところには来たくなかった。船室の隅っこで膝抱えて彼の無事を祈る方が、彼の隣で増えてゆく傷を数えるよりずっと強く居られる。そんな私の心の機微を、彼は、きっときっと知らないけれど。
暗い部屋。二人のために充てがわれた小さな部屋の、まあまあ大きなベッドの上で丸くなる。目の前にあるのは細身のようで実はがっしりとした背中。息する音まで殺されてしまったような深い夜の真ん中で、ひとりぼっちを噛みしめる。
どれだけ願い祈っても、少しずつ遠ざかってゆく背中が怖くて、私は手を伸ばした。彼の背中に触れる。暖かい。生きている人の温もりがする。当たり前のことが、私をひどく安心させて、その手はすぐに引っ込めた。起こさないように小さく息を吐いたつもりが、ローさんは緩慢な動きでこちらに体を向けた。
「起こしましたか」
「……いや、」
長い腕を伸ばして私を絡め取ると、そのまま引き寄せ腕の中に収める。もぞもぞ体を動かせば、彼の綺麗な顔がすぐ近くにあって思わず息を飲んだ。何度見たって、慣れないものは慣れない。
「ねむれねえのか」
「ちょっとだけ。最近夢見が悪くて」
「そうか」
ローさんの大きな手が私の背中に回る。摩るにもあまりに眠いらしく、普段眠りの浅い彼がそうなら私のことはもはや二の次で良い。
「寝ろ」
「はぁい」
私の体を包む腕を、軽くポンと叩けば静かな寝息が聞こえてくる。私も眠くなってきた。あまりに静かな夜。どくどくと雪が降るのと同じリズムで鳴る私の心臓と対照的に、彼の胸は音ひとつ立てない。
眠れない夜、彼の鼓動を子守唄に羊を数えていた私のことなど、彼がどうやって知り得るか。奪われないで、とこんな易しい願いも届かない。