研究室の中は暖かく、心の底から安堵した。しかし、お前はこっちだと連れていかれるローさんを見て、いよいよ敵の腹中に潜り込んだのだと思うと、その安堵はすぐに打ち消されてしまう。
「女は、ここで待ってろ」
「こいつも同席させろ」
「Mはお前だけと話す」
「この女は関係ない、何を聞いても問題ねえ」
ローさん一人を連れて行こうとする大男と、なお食い下がるローさん。私を一人にするのが嫌なのはわかるが、これ以上逆らうのは得策ではない。
「大丈夫です 行ってください」
「……」
「ちゃんと待ってますから、ね?」
私が笑顔を見せると、ローさんは顔を顰める。曲がりなりにも恋人の笑顔になんて反応だ。余計笑えてしまう。
ローさんは、私の腕を掴む男を睨みつけると、案内役の後について行った。おっかない。殺気で目を殺せるんじゃなかろうかと思っている私は、まだ多少の余裕があるらしい。腕を掴んだ男に引っ張られ、反対方向へと進まされる。肩越しに振り返って見れば、同タイミングでこっちを見たローさんと目が合ってしまった。いけない、不安なのがバレたら心配をかける。
(大丈夫)大丈夫だから、と小さく微笑みを返して、前を向く。怖い怖い、と口に出せば、少しは怖さも薄れるものなのか。
冷たい小部屋。私と、空っぽの小さな棚。壁の高いところに鉄格子のはまった小窓があり、いかにも研究所の一室という雰囲気。電気がなく、外の白い光だけで足元もよく見えない。暖かいのだけが救いだろうか。疲れた足を休めようと腰を下ろせば、お尻がギンギンに冷えてしまうけれど。
背伸びをして、窓の鉄格子に手をかけて外を見てみた。ただ真っ白いだけで何もない場所だ。先ほどのような奇怪な風貌の手下がいるのは前提として、おおよそ他の動植物が生きられる環境下ではなさそうだ。
窓の外から情報を得るのが無理ならば、今度は内側からひねり出すしかない。壁に背を預けて考える。
ここはパンクハザード。確か、ルフィくんたちが魚人島の後に訪れる島だ。トラファルガー・ローと出会って、シーザーを倒す。シーザーはドフラミンゴの手先で、次のドレスローザの戦いのためにここへは来るはず。ルフィくんとローさんが海賊同盟を組むのは分かっている。あとは、なんだ。そもそもこの島には何があるんだっけ。
ローさんの目的は復讐。ドフラミンゴに殺された恩人の敵討ち。ドンキホーテ・ロシナンテ。私が、生死の境で会ったあの優しい人だ。
この島の戦いが、ローさんとルフィくんたちの勝利で終わるのは覚えている。どんな方法で、とか、そういうのは全てぼんやりだけど。ドレスローザに至っては、私が読んでいた当時、連載されていたのか。結末を知らない。ローさんは、どうなるのか。私たちは、どんな運命を辿るのか。私はもうページを捲って先を見ることはできない。
ガチャ
「名前」
ドアの向こう、光を背負った人。行くぞ、と伸ばされた手をとって、腰をあげる。傷もない。無事に話し合いは終わったみたい。
「お前らの部屋はこっちだ」
ああ、そうか。これからは、こうやって、彼の行動一つ一つを心配して、安心しなきゃいけないんだ。なんだか、ひどく疲れそう。否、すっごく怖いな。