夜ご飯の間も、ローさんはずっと何か思案している様子だった。パクパクご飯をノールックで食べているので、こっそりおかずの位置にパンを置いてみたら、めちゃくちゃ睨まれた。冗談じゃないですかあ……

「ベポ、お前昼間はどこ行ってたんだよ」
「島の裏側の方で魚でも取ろうと思ってたんだけど、入れなかったんだ」
「入れなかった?」
「うん、なんかフェンスと網みたいなのが張られててさ」
「島の裏側に何かあんのか?」
「危ない生き物がいるとか」
「ベポも十分危ない生き物だろー」
「たしかに……」

喋るしろくまだもん。有り余る可愛さがあるとしても、やっぱり客観的に『怖い生き物』であることには変わりない。

 なんなんだろう。昼間、ローさんも言っていたように、この島にはおじさんはいるが、おじいさんはいない。人間の構造的にそんなこと有りうるのか。ここは新世界。短命な遺伝子とか。いや、でもなあ。

 ガタガタン ドンッドンッ
「ひっ」
「なんだなんだ」

潜水艦を叩く音。まさか、誰かが侵入しようとしているとか。ここ、海賊船だぞ。そんな怖いもの知らずがいるような島には見えなかった。海軍か、と思ったが、駐屯地はなかったと言うペンギンさんの声が、それもかき消す。

「せ、船長」
「どうした」
「そ、それが、この女が勝手に、「助けてください!」
「なんだ?」
「お願いします、助けてください」

ガリガリにやせ細った女の人は、擦り傷と切り傷だらけで、よろよろと船長に近づき、そのまま力なくへたり込む。厄介ごとが持ち込まれたことには違いない。

「「「病人隔離ィ?」」」
「なるほど、それが真実か」

ローさんが、ニヤリと口元を緩める。何が楽しいかは知らないけど、疑問が解決してスッキリってところだろうか。

「それで、島の裏にはどうやって入る」
「わ、私が案内を……」
「いやいい、道だけ教えろ。俺たちの方が身軽だ」

女性は、紙に地図を書き、人目にくれぐれも気をつけるように言った。ハートのクルー半数を引き連れ、ローさんは夜の闇を利用して移動することにしたらしい。

「ローさん」
「大丈夫だ、……心配するな」

ローさんは、道具をバッグに詰めると肩に背負った。左手で、私のほおを引っ張る。優しい痛みで、紛らわせようとしたって、結局怖いことには変わりない。

「お前は、あの女の手当てを頼む」
「はい、お気をつけて」
「ああ」

手を振れば、彼は振り返らずに行ってしまう。みんながいるのに、ローさんが遠くに行ってしまうときは、いつだって寂しいし、ちょっぴり怖い。

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「消毒失礼しますね」
「スミマセン」

 この島の流行病は、やはり終わっていなかった。薬は開発されたといえ、それは希少価値が高く、高価な代物。かと言って、薬が回るのを待っていれば、その間にどんどんと病気は広がってゆく。歯止めの効かなくなった状況に、国がとったのは隔離政策だった。

 薬を買うお金のない貧困層、病気の祖母を抱えた一家、その他、免疫力の弱く感染率の高い老人は問答無用で、島の裏に移されたそうだ。森を隔てたこちら側に、新たな国を作る。島の裏手は、子作りも禁止され、いずれ全てが絶えるのを待つだけだ、と。

 簡単にいえば、一番怖いのは人間だと、そう言うこと。この女性は、医者が来たと言う噂を聞き、危険を冒して抜け道を通って呼びに来たらしい。どうりで、傷だらけなわけだ。

「痛いですけど、我慢してくださいね」
「ありがとうございます」
「いいんです、ずっと怖い思いをしてきたんでしょう」

彼女の傷はもちろん、私が強く握っても折れてしまいそうな細い腕が物語っている。

「危ないことに巻き込んでしまいました」
「……患者を見捨てるのは、きっと彼の生き方に反すると思うんですよ」

海賊は、人の命を奪うこともある。しかし、彼は海賊である前に医者であるし、医者である前に海賊でもある。どちらも本当の彼で、否定のしようがない。私たちは、そんな彼を尊敬して、信じているから、こうして夜に危険地帯にもついてゆくし、不在の間、船を守ったりもする。

「あなたは、あの方の恋人さん?」
「あ、ははは……」
「――すごく、羨ましいです」

その言葉が、ずっしりと重たい。月が海に落っこちてしまったように、長く暗い夜だった。