「片思い2年だァ!?」
「す、すいません」
「なんでそんな大事なこと最初に言わねえんだ」
「言ったら嫌がるじゃないですか」
「――チッ」

否定はしない。図星だったから。
斯くして、誤解だけは拗れる前に修正することができた。魔法の暴発で病院の廊下真ん中に飛んだのが、昼休憩終了10分前のこと。今は、終業後、昼間と同じチキンの美味しい店である。

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 物語の最後に述べなくてはいけないのは、トラファルガー・ローは決してモテない男ではないということ。ローは顔が良かった。それを自覚してもいた。両親・妹共に比較的整った顔立ちではあったが、ローは加えて優れた頭脳と高い身長があった。

 小中高、もらったチョコレートは数知れず。同級生たちは女にモテ、しかし媚びず。また群れもしないローに嫉妬の炎を力の限りで燃やし尽くした。あるものは戦いを挑み、無様に敗北した。
 ローは女の声も男の声もさほど気に留めなかった。自分の好きなものにしか興味がなかったから。女は嫌いでもないが、自分の時間を割いてまで共にいる価値は見出せない。つまらないお喋りに興じるくらいなら、本が読みたい。
 ローはいつの時代もそういう男であったし、そういう男であったからこそマトモな恋愛をしてこなかった。

 結果は知っての通り。30歳まで童貞を捨てられなかった男は魔法使いになる。ローは魔法使いになった。不思議でも非現実でも、それが現実だ。

 では、これを仮に初恋としよう。本人が認めるかどうかは別として、ローが心を砕き、誰かの言動に喜びと悲しみを感じ、心を動かされたことは確かだ。それを恋、しかも生涯初めての恋として、今の状況はどういうことだ。

 目の前にいる彼女は、さっきから何かと謝罪を口にしてばかりだし、誤解だから話を聞けと聞いてみれば、飛び出してきたのは説明ではなくて告白だった。
 意味わからん。

 確かに彼女のことを好ましく思っていた。偽りの関係に窮屈な思いもしたし、もどかしさも感じた。しかし、その偽りを取っ払えば、二人に残されるものは何もない、…はずだった。

 だから、ローは躊躇した。もう少し。時間が解決するかもしれない。そう油断した。しかし、彼女に好きな男がいるかもしれないとわかり、それなら身を引くべきだと真摯に行動したのに。

「だってローさん、私のこと覚えてなかったじゃないですか」
「覚えてないとは言ってない」
「でも廊下で声かけた時、私の名札見ましたよね?」

もう何も言うまいとローは思った。
こっちがせめて彼女を傷つけまいと行動したのに、彼女の思い人は名も顔も知らぬ男ではなく、自分だったなんて。こんな話があってたまるか。最初に言うべきだ。そしたら話はもっとスムーズだった。

 もし言ってたら偽りの恋人にはならなかった? 仮定の話をするな。結果論で語れ、阿保。ローは少しだけ怒っていた。でも雰囲気はさほど尖っていないなと彼女は思った。彼女は気づいていないが、ただ彼女がローに慣れただけの話である。

「でも、言わなかったことは嘘をついていたようなものです、すみませんでした」
「謝るんじゃねえ…」
「だって」
「悪かった」
「は」
「俺にも非はある」

確認せずに話を進めたこと。そもそも彼女への無礼で不誠実なこれまで態度全般。悪かった、ともう一度口にすれば彼女が笑う。その顔が、もう一度近くに戻ってきて良かったな、とローは、心の底から思った。

「えっと、それで、お返事とかって」
「何の」
「昼間告白させて頂いたんですが」
「ああ」

ローはニヤリと笑う。さながら極悪非道な海賊のようだったと彼女は語る。

「恋人ごっこはやめて、恋人になれ」
「それは、」
「いや違うな …恋人にしてくれ、か」

それは彼女の2年越しの片思いが叶い、トラファルガー・ロー(30)の初恋が成就した瞬間であった。この後、トラファルガー先生が以前よりも丸くなったと、病院内では話題になるのだが、それは語るに値しない話だ。

 なお、のちにローが童貞だと知った彼女が驚きのあまり叫んで、お口チャック魔法をされることになるのは想像に容易い。お口開封後、一言目は『全部詐欺ですか?』だったとか。ローが魔法使いを卒業するのは、もっとずっと先の話である。残念ながら。

おしまい

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