「……マージかよ」
「なんだ」

ペンギンは地球の裏側にも届きそうな深いため息を吐き、シャチは口元を手で押さえて失礼な本音を口走った。ローがやれやれと首を振る横で、彼女一人居心地悪そうに小さくなっていた。

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 先日、とうとう茶番劇を始めてから初めて二人で出かけ、『デートの思い出』と『ツーショット写真』なる星三つアイテムを手に入れた。これさえあれば大抵の茶化しと嫌味には対応可能である。まあ、主に対応するのは彼女の方になってしまうのだが。

 しかし、敵は看護師たちや世間話好きの入院患者だけではない。ローの身内と言ってもいい二人、ペンギンとシャチも、ローと彼女が付き合いだしたことを面白おかしく見守っていた。なんなら、シャチに至っては『デートの写真はないのか、見せて』と彼女にねだり、後日ローに長い足で無言で蹴られたりなどした。

 そして、例の写真も見せることができて、さあこれで文句ないだろうとなったはずだった。折角だから4人でご飯に、と誘われたのは完全に計算外で、ローは何度か軽く断ったが、あまりに頑なに断ってもどんどん不自然になる。
『会わせたくない理由でもあるんです?』
メガネの奥のジト目。ローは聞こえないように、心の中で舌打ちをして、誘いを了承した。

「なんでローさん? 怖くね?」
「そんなことないですよ」
「えっなになに ローさんって彼女には優しいギャップ持ちのイケメンなの? ずるくね、無敵じゃん」
「おい」

ペンギンがケラケラと笑う。何がそんなにおかしいのか。
ローは心底腹立たしかったが、『怖くね?』という生まれてこのかた、ずっと言われてきたことを、彼女が即座に否定したことに少々安堵した。怖くしている気はないが、怖いと思われている自覚はある。

「俺、絶対ローさんより先に彼女できると思ってたのに」
「残念だったな」
「ローさんとか、顔が良くて仕事できて年収高いだけじゃん…」

自分で言って、シャチは泣きたくなった。トラファルガー・ローはイケメンでクールで優秀で高年収高学歴高身長、おまけに声も低くて格好いいだけの男である。世の中の大概の男たちは、ローを前に『勝てるところが一つもない』と絶望するが、それに悲観して卑屈にならないところが、ペンギンとシャチのいいところだった。しかし、それもローに彼女がいなかった時代の話である。

「ぶっちゃけ、ローさんのどこが好きなの?」
「へっ」
「いや~俺も聞こうと思った」
「エ~ハズカシイナ~」

聞くに耐えない棒読みだったが、彼女は事前に言われた通り、何か当たり障りのない回答が思いつくまでの時間稼ぎとして、恥ずかしいふりをした。実際恥ずかしい。そもそもこんな男の彼女として、友人に紹介されるのも結構恥ずかしい。彼女は凡人であるし、凡人としての恥じらいと慎ましさも持ち合わせていた。

「顔はなしで。いいの知ってるし」
「まあどっちかて言うと悪い系のカッコイイだけど」
「おい」

もう突っ込むのも面倒になり、とりあえず『おい』とだけ言っておく。ローは自分の顔になど、これっぽっちも興味はなかった。いいのは知っている。散々、女たちが言ってきたから。誰とも縁がなかったのは、ある意味、天文学的確率である。

「そうですね、強いて言うなら」
「「ウンウン」」
「見てなさそうで見てくれるところですかね」
「は?」

どういうことだ、とシャチが問う。視野が広くて素敵ってことです、と彼女が言えば、やや不満げだったが、彼女がそれ以上言うつもりもないことを察すると大人しく引き下がった。

「それにほら、悪い感じの男の人が好きじゃないですか、なんだかんだ女って」
「ああ~ね」

ローは横目に彼女を見た。少し赤くなった頬は酒のせいだろう。下手くそな時間稼ぎで絞り出した『好きなった理由』は、「理由」にしてはいささか弱い気がした。例えば仕事ができるとことか、なんだかんだ優しいとか。誰にもわからないのだから、嘘をついても問題ない。よっぽどのことがなければローとて話は合わせるし、とやかく言うつもりもない。

 しかし、先ほどの彼女の言葉。見ていなそうで見てくれるところとは。本人にもどういうことか分かるように言ってくれないと、なんとも返し難い。

「ローさんは?」
「――」
「彼女とか作りたくないのかと思ってましたけど、どこに惹かれたんです?」
「いや~ハズカシイノデ……」
「まあまあ 知っておいて損はないって」

ペンギンに黙らされた彼女は不安げな顔で、ローを見上げた。元はと言えば、ローが巻き込んだ。でも、申し訳ないという顔をする彼女。なぜ? ローの口角が少しだけ上がる。

「嘘をつかない」

シャチが『なんだそれ』と笑う。ペンギンは、ああ~と適当に返事をした。
かつて彼氏いませんと言って寄ってきた既婚の女もいたし、酔ったふりして家に上がろうとする女もいた。噓も方便。否定はしない。しかし、嘘のない真っ直ぐな彼女の言葉と瞳が、今はどうにも心地いいのだ。

「変なカップルっすね」
「まあお似合いっす」
「悔しい~~」

彼女が、今晩初めて安心したような笑顔を見せる。変な心配などせず、そうして笑っていればいいとローは思った。なぜそんなことを思ったのか。酒の匂いと笑い声に流されて止まらずに消えてゆく。

 今は気分がいいから。
誰に言うでもなく浮かんだ言い訳は、『理由』とするにはやっぱり弱い。