「トラファルガー先生、おはようございます。本日のランチは一緒にどうでしょうか」

有無を言わせぬ口調で、出勤早々、彼女が詰め寄ってきた。ローはコクリと黙って頷く。本日厄日。

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 叶うことなら昼休憩の時間が来なければいいのにと、ローは思った。こんなに切に願っているのに、時間は止まらない。やはり『あまりに高度なこと』はできないらしい。くそ。

「トラファルガー先生、休憩どうぞ」
「ああ」

一緒にランチを、と言われている。憂鬱だ。大体の話の要件は見当がついているが、ついているからこそに憂鬱であった。どうやって説明するかと考えているうちに、扉のところに彼女が来ていた。トラファルガー先生、と控えめにローを呼んでいる。ああ、やっぱりあの噂は本当だったのか。そんな声が背中から聞こえてきて、どうにも居た堪れない。ローはデスクの上に出しておいた財布を掴むと、長い足で彼女の元へ向かった。

 昼。13時のサブウェイ。女性客の多い店内、端のテーブル席で二人の男女が向かい合ってサンドイッチを食べている。否、正確には食べているのは彼女だけだが。

「うわ、美味しい。焼いて正解でした」

彼女が美味しそうにサンドイッチを頬張り、ローはポテトを食べた。ジンジャーエールを一口飲んでから、「それで、」と話を切り出せば、彼女が「ああそうでした」と口元を拭う。呑気な女である。

「あの、1つ確認なんですけど、私とトラファルガー先生はお付き合いしていましたか?」
「……」

してるわけねえだろ。ローは喉まで出掛かった言葉をぐっと押し込める。タネを蒔いたのは自分だ。そんな風に言い返す資格はなかった。何も言わないローに驚いたのか、彼女は「付き合ってるんですか…?」と不安げな顔になる。なぜそんな話を一度もしていないのに、そんな不安そうな顔ができるのか逆に不思議である。

「…付き合ってはないが」
「で、ですよね~~」

彼女が眉をはの字にして、ハハッと笑った。なんだその顔は。

「じゃあ、あの、今日トラファルガー先生と付き合っているとか聞かれたのは……?」
「付き合ってはないが、付き合っているとは言った」
「………ん?」
「顔を貸せ」

店内に病院の関係者がいないことはあらかじめ確認済みだが、念には念を。ローが肘をついたのを見て、彼女も顔を近づける。心なしか顔は赤い。

 ローはそこで一昨日の晩に彼女と食事しているところを看護師の一人に見られたことを話した。これまで一切の人付き合いをしてこなかったのに突然看護師とご飯に行くなんてどういうことか。二人の関係は。何を話していたのか。
 下世話極まりない話だが、答えないのもおかしな話。特に最後の項目は問い詰められたら困る。面倒になったローが、彼女と付き合っていると口からでまかせを言った。こんなに大ごとになるとは思わなかった、というのは、まあていのいい嘘である。食事をしただけで騒ぎになるのに、付き合っているなどと知れたらどうなるか。しかし、それ以外、何も思いつかなかったのだから仕方ない。
 また、ローは開き直った。

「な、なるほど」

 彼女が、言葉に詰まる。恐らく今日半日同僚に何か言われてきたのだろう。人の口に戸は立てられず。世間話好きな看護師たちの間ではプライバシーなどあってないようなものだ。

「悪い」

一応謝った。完全に一方的に巻き込む形になったことは承知している。元はと言えば嬉々としてローの『魔法使い問題』に突っ込んできた彼女のせいではあるが、それを責めるのもお門違いだ。

「いや、別に大丈夫、……ではないか。いえ、大丈夫です。でもどうします?」
「何が」
「私たちが付き合ってないとマズイのでは?」

 ローは、静かに彼女の瞳を見詰め返した。
 仮に、やっぱり付き合っていませんでした、と言ったとして、じゃあなぜトラファルガーは嘘をついたのかという話になる。何を隠したかったんだ、彼女のことが好きなのか? それとも秘密の会話でもしていたのか? 答えは後者なわけだが、どちらにせよ、面倒であることには変わりない。

「…何が目的だ」
「目的?」
「茶番に付き合う理由を聞いてる」

彼女は困ったように笑って、理由かあ、と少し思案した。本当に何も考えていなかったのか。お人好しか、バカか。この世で唯一の善人か。“海賊”は呆れたような微笑を零す。

「強いていうなら、そうですね、魔法がもっと見たいです」
「それは脅しか?」

まさか!と彼女が言う。
サンドイッチは残り半分。休憩時間はもう半分もない。

 面倒なことを回避しようとして、面倒なことになった。これもあれも自分で蒔いた種。大きく息を吐き、ポテトに手を伸ばした。

「サンドイッチ要らないんですか」
「俺はパンは嫌いだ」
「えっ そういう大事なことは最初に言ってくださいよ」