※トリップ主
名前ちゃんは、少し変わった子だった。突然空から降ってきたという事実なしでも、そのスマイルと柔らかな声で天使属性であることは確定なのだが、開口一番『わたし死にました?』と聞かれたときは本当に驚いた。天使って言うのは死んだ人間の生まれ変わりなのだと俺は知らなかったからだ。
は?と間抜けな声を出したのは、クソマリモだった気がする。俺を含め全員が空から落ちてきた謎の少女に向けて、ぽかんと口を開いていた。名前ちゃんはガクガクと顎を鳴らしながら、俺ら一人一人の顔を指さし、震える声で名前を呼び、『……嘘だ』と言い残して気絶しちまった。それが俺たちの始まりの朝である。
「……そんなに見られると食べづらいのですが」
「眺めるだけならタダだろう?」
「今度からお金をとります」
「名前ちゃんのためなら全財産くれてやるさ」
俺がそう言うと、名前ちゃんは眉間に深く皺を寄せ、パクパクとスプーンを口に運んだ。もう相手してくれないのかと寂しくあるが、いま彼女が食べているのは、俺が彼女のためだけに作ったパフェであることを思い出せば、少しは気がおさまる。ナミさんやロビンちゃんにだって作ってない、本当に名前ちゃんのためだけに作ったパフェ。
「美味しいかい?」
「もちろんです」
素っ気ない返事ではあるが、俺の作ったものを”当たり前に”美味いと言ってくれる彼女の照れた顔に免じて、からかわないでいてあげる。
名前ちゃんが麦わらの仲間になって、もうしばらくが経つ。すっかり馴染み、今やナミさんやロビンちゃん達とは親友のように仲良くなっていて、眼球は非常に潤う。チョッパーやウソップ達とも楽しそうに釣りをし、ルフィの腕を引っ張っては、それはそれは嬉しそうに笑い、時にはくそマリモと並んで昼寝までしているというのに(いつかおろしてやる)、名前ちゃんの俺に対する態度はお世辞にも良いとは言えない。なぜなのか。
もちろん、あからさまに嫌われているとか、ウザがられているとか、そういうことではないし、名前ちゃんが素直で優しいよいこだというのは、よく分かっている。でも、俺に対しては─なんというか─素っ気ないのだ。
「食後の予定は?」
「フランキーさんに倉庫の掃除を頼まれているのでそれをやります」
「手伝うよ」
「サンジさんの手をわずらわせるようなことでは……!」
「俺が、名前ちゃんと一緒にいたいのさ、ダメかい?」
俺の誘いを一発で受け入れてくれたことって多分ない。買い物、掃除、釣りや観光、何をとってもパートナーとして選ぶのは俺以外の誰かだ。寂しいと言えば嘘になるし、2択で俺じゃあなくウソップを選んだ時なんてもちろん良い気分はしないけれど。──でも。
「……じゃあお願いします」
「お安い御用さ」
ゆっくり、優しく、とびきり甘い声で微笑みかければ大抵俺の願いは叶う。真っ赤な顔した名前ちゃんを見たことがあるのも、多分俺一人だ。俺のことを好きなのか、嫌いなのか。分からないからこそ燃えるということもあるらしい。
「……ずるいなあ」
コツン、と名前ちゃんのパフェスプーンが底について音を立てた。
嫌いな訳では無い。むしろ逆。
私はあの人とは違って何も知らないただの子どもだから、この照れ臭さを上手く隠す方法を知らないだけなのだ。でもそれを言葉にすることも叶わなくて、いつもおかしな態度になってしまう。愛想尽かされたらどうしよう、と私が零せば、ロビンちゃんはいつもうふふと笑う。それがすっごく可愛いのだ。
その日、甲板の手摺をお掃除していたら、少々怪我をしたのか汚れた格好のゾロさんが慌てて帰ってきた。なんでも、島を徘徊していたら海軍に見つかって追いかけられたらしい。
「ルフィとウソップは?」
「俺は見てねぇ」
「見つからずに戻って来られればいいけど……」
「あの、サンジさんもさっき買い出しに、」
「あいつらなら上手くやるだろ」
その時、ドッカーンと大きな音がして、続けて銃の音がする。街の中心部からだ。
「──」
「……あのバカども……」
うわわ、ナミさんが怒ってる。
その後、ルフィさんとウソップさんは何とか海軍をまいて帰ってきたというのに、一向にサンジさんは姿を見せない。ワタワタと慌てる私をゾロさんは笑い、ルフィさんも笑い、ナミさんには首根っこを捕まえられた。(捕まってたらどうしよう)ひとりで危ない目に遭っていたら? サンジさんがいくらスーパー強いと言っても、数の力には早々勝てるもんじゃあない。サンジさんが戻り次第出港を決めているので、迂闊に探しに行って入れ違いになっても厄介。待つしかないのはこんなに辛い。
「サンジ帰ってきたぞ!!」
30分後、チョッパーさんの声に、私は伏せていた顔を上げた。続けて、ルフィさんの出港だァ!という楽しそう(何故?)な声も聞こえてくる。ガタンと音を立てて動き出した。甲板の舳先でワーワーやっている皆さん、中心では白いシャツを少し汚したサンジさんが笑ってる。ひょっこり部屋から顔を出したはいいけど、輪の中に入りづらい。ああ、でも無事で良かったなあ。ウンウン頷いていると、サンジさんは私を見つけて、ぱあっと顔を明るくする。こちらへ向かう彼の背の向こう側で、ロビンちゃんとナミさんが物知り顔で微笑んでいる。(な、なに)
「名前ちゃん!」
私の目の前に来たサンジさんは髪も少し乱れていて、ズボンは小さく破けていて、腕のところがほんの少し赤く滲んでる。
「さ、サンジさん!」
「?」
「ケガ、ケガ……! してる、」
「こんなの、唾つけときゃ治るよ」
ハハっと笑った彼は、本当に大して痛くないんだろうし気にも留めていないんだろうと分かってる。それでも、18の私が目の当たりにするには少々刺激が強い。こっちの世界に落っこちて来て、海賊の仲間になった。それでも、みんなのおかげで危ない場面に遭遇することもなく平和ボケしていたんだ。
「……っ、」
ケガをするのが当たり前だなんて信じられない。自転車で転んだだけでぎゃあぎゃあ言う私だもん。ぐっと堪えたはずなのに、何故か右から左からぼたぼた涙が止まらない。
「名前ちゃん!?!?」
なんで泣いてるんだろう。──怖くて、びっくりして、とっても怖くて。だって人ってすぐに傷つく。「俺なんかのために泣いてくれるなんて、天使は本当に優しいね」人はすぐに傷つくから、だから、あんまり誰かが傷つくところは見たくない。大切な人ならば尚更。サンジさんのこと、嫌いな訳では無いのだ。むしろ逆。
「ほら、泣き止んでおくれ」
くるんとカールした眉が下がる。こんな顔は初めて見る。かっこよくて見てらんない。ああ、もう本当に見てらんない。