「で?」
「で?、とは「なんで連絡しないんだよ」
わあ、怒ってる。当たり前だ。
捜査の間は情報漏洩を防ぐためスマートフォンの使用を禁止されていたが、それが解除された後も怖くて電源すら入れなかった。だって絶対心配してるし怒ってるし。現に今、こうなってしまった時点で結果から言えば早く電話したほうが吉だった訳だが。
「連絡しないことに怒ってるかと思いまして」
「わかってんじゃねえか」
「うん、ごめん」
隣を横目で見れば、陣平さんが大きくため息をついた。毎度のことながら、彼もこうして呆れながらよく私とずっとお付き合いしてくれるものだ。もしかしなくても、彼はとても心が広いし、私が願うよりずっと私を大事にしてくれているのが分かる。
「すぐ謝られたら言うことなくなる」
彼らしい言葉に、ふふっと笑いが溢れた。本人はもう一つため息を吐いて、私の頭をポンと叩く。これで許すと言われているようなそれはとても優しく、怒りではなく心配だけが込められていた。胸が痛んで、もう一度だけ「ごめんなさい」と告げた。
私の家のガレージに慣れた動作で車を駐車し、家の扉を勝手知ったる様子で合鍵で開錠。一緒に暮らしているような錯覚に陥るが、未だ同棲には至っていない。彼曰くこの家に住むならその前に一度私の両親に挨拶に行きたいらしい。これまで恋人を一度も両親に会わせたことのない私がそれをずっと有耶無耶にして、話は結局宙ぶらりんのまま。今の関係が心地よくて変化を恐れてるのかもしれないが、自分にとって彼が最後の恋だということだけははっきりしている。
「さっさと心決めないとね」
「あ? なんか言ったか」
「ううん、なんでもない」
手を洗って、リビングに荷物と上着を置く。花粉が広がらないように上着をコロコロするのは陣平さんの仕事だ。夜遅くになってしまったが、ご飯を食べるかと聞けばもう食べたということだったので、私は味噌汁くらい飲もうと、お湯を沸かすことにした。
「お茶のむ?」
「ああ」
「コーヒーの方がいいならあるよ」
「いや、冷たいお茶を頼む」
いつもコーヒーか紅茶なのに。珍しいなと思った。たったそれだけ。
疑いもせずに冷蔵庫を開ける。見慣れない白い箱。こんなもの買ったっけと、それを出して開けて見た時、やっと全部が繋がった。
「陣平さん!これ、」
「ああ。もう日跨いじまったけどな」
コロコロを終えて、ソファに座った彼が時計を見遣る。確かにもう3月15日だ。私は白い箱を開けて、綺麗に並んだ4つのケーキを見る。今日の夕飯は味噌汁から紅茶とケーキに変更だ。
「陣平さんも食べるでしょ?」
「アンタが選ばなかったやつな」
白い皿が2枚、フォークがふたつ。真ん中にケーキ屋さんの箱を置いて、部屋の中には紅茶のいい香りがする。
もし幸せに色をつけたらきっとこんな見た目で、匂いがするならこんな匂いがする。そう言われても信じられる。彼と過ごして、重ねていく毎日が、私の人生を彩る幸せで、彼という存在が、私の人生なのだ。
「美味いか?」
「うん、すっごい美味しい。どこのケーキ屋さん?」
「本庁の近く。萩原に聞いた」
「さすが萩原さん」
「どういう意味だ、それ」