名前さんはチョコレートになんて書くの?』
『う~ん、サングラスとか』
『確かに松田刑事ってサングラスよくかけてますもんね』

 なんて、恥ずかしくも可愛らしい会話をしたのが、まるで遠い日のことのように感じる。ロッジに到着し、早速チョコレートを作り恋話に勤しんでいた私たちだったが、何と甘利さんの恋人である二藤さんが、遺体で発見された。

……いや。 いやいやいやいや。
何でこうなる。

 ニホンオオカミの写真を撮りに行った二藤さんは、そのまま吹雪の中雪山で殺され、雪崩の影響でトンネルが塞がり、しばらくここから出られないと来た。
 ロッジの宿泊客は、私たちの他に、ライフルを持った怪しいおじさん二人と、甘利さんとそのお友達の粉川さん。あとはロッジのオーナーであるおばあさんが一人。

 さっきから何やら考え込んだ様子の名探偵は、この中に犯人がいると思っているのだろう。実際、こんな話あったような気もするし。それが分かっているからこそ恐ろしいこと極まりないと言う話になるんだけど、全く。

 殺人事件のあった晩に、雪で閉じ込められたロッジに容疑者が勢揃い。現場の雰囲気は最悪である。

 名探偵の思いつきで、何かヒントが見つかるかもと二藤さんのビデオを見ていたが、甘利さんは悲しくて泣きだすし、粉川さんは失踪中の恋人を思い出してまた泣きだすし、どんな拷問かと思った。
 いっそ私も泣きたい。

 にしたって、毛利さんはともかく名探偵も蘭ちゃんも園子ちゃんも、こういった事件には慣れているのか、いたって平然と事件の真相を追っているから、正直ついていけない。何でそんな平常心保てる? 膝ガッタガタなんだけど。

 名探偵は相変わらず『小学一年生』と言うことも忘れてやりたい放題。私が知識あり転生者でなかったら、「君、本当に小学生?」と聞いて、怪しまれていたところだ。本当危なかった。

 pipipi……
「うわ、」
「……どうしたの名前さん」
「ううん、ちょっと電話してくるね」
「はーい」

【着信:松田陣平】
待て、まだ言い訳の準備できてない。

「もしもし」
『アンタ、今どこだ』
「吹渡山荘 吹雪 トンネル閉鎖」
『……ちっ』
「舌打ちしたいのは私の方だよ」

恋する乙女たちの手助けがしたかっただけなのに、どうしてこんな目に合わないといけないのか。私って、まあまあ真面目に生きてる方だと思うけど。やっぱり神様ってやつとはどうにもソリが合わないらしい。

『気をつけろって言ったろ』
「吹雪の何を気をつけろと?」
『まあいい とにかく一晩大人しくロッジにいろよ』
「そ、それが……―――」

かくかくしかじか。殺人事件に巻き込まれました。今、捜査中です。私以外の人たちが。

『あ?』
「いや、本当怖いよね ハハハ」
『笑い事じゃねえだろ』
「……おっしゃる通りで」

私だって自ら事件に飛び込んで行っているわけではないのだから、そんなこと言わないでほしい。チョコを誰かに教えてもらおうなんて、もう二度と思うまい。

『ったく、今は手が離せねえ』
「いや雪の中、無理して駆けつけようとしないで」

危ないから、家にいてね。
どんな運命のいたずらか、彼は私のことが好きだから、何やかんや危ないことがあればすぐに助けに来てくれる。私が大丈夫だから、と言っても信じてもらえないのは玉に瑕だけど。

「お仕事忙しいんでしょ、ご飯はしっかり食べてね」
『ああ』
「こっちは小さな名探偵がいるから大丈夫だよ」

小さくたって、中身は大人。迷宮なしの名探偵が味方だ。怖いのは変わらないとして、勝ったも同然である。

『小さなって、コナンとか言うガキか』
「そうそう、だから本当に大丈夫」
『なんかあったらすぐ連絡しろ』
「うん、心配かけるけどごめんね」

ある彼の友人は、松田は過保護だと語る。
しかし、私も、もし彼が危ない目にあっていると知ったら、きっと世界の裏側にだって、爆弾つきの観覧車にだって飛び込んでしまう。恋は盲目。どうにもならない感情を振り回すのが、この上なく楽しかったりするものだ。

「帰ったらまた連絡する」
『ん 気をつけてな』

言い難い『じゃあね』を交わし、切れた通話画面。かかってくればどうしようと焦るのに、いざ切れたら寂しいなんて、ほら面倒なこと。ああ、声、聞けてよかったな。

「今の電話、松田刑事から?」
「……名探偵は、私と松田さんの電話を聞くのが好きだね」
「そんなことないよ」
「どうだか」

名探偵は、私に向かったよかったねと笑いかける。どうやらさっきまであまりに怯えきった顔をしていたから心配してくれていたらしい。いやはや、情けない。

「好きな人の声って安心するでしょ」
「……僕にはわかんないよ」
「蘭ちゃんのこと、あんまり寂しい思いさせちゃダメよ」

電話だって、本当は会いに行くのが一番だけど。きっとそれは難しい。チョコレートを作っている時の悲しそうな蘭ちゃんの顔に、これでも随分胸が痛んだのだ。

「って、新一くんに言っておいて」
「わかった」

きっとハッピーエンドが待ってる二人。私が泣きながらよかったねと言う日まで、どうか負けないでいて。