家に帰ってきた。それも久しぶりみたいだった。毎日毎日ここにいたのに、記憶のない間は知らない場所のようで居心地が悪かった。飾ってある写真や染み付いた誰かの痕跡が、私をますます異物にしてしまって、どうしても安らぐことはできなかった。
だから今。店の扉を開けて深く息を吸い込むと、ここが家なのだと実感する。大好きな店。もう一ヶ月近くも閉めたままにしてしまった。常連さんたちが心配したかも。早く再開させなきゃね。
揃って家に入り、ガタンと扉が閉まる音がする。
おかえりもただいまも言う前に、伸びてきた腕に捕まった。
「……なんか言うことあんだろ」
「気づいてたの」
「気付くに決まってん、だろ」
「そっか。そうだよね。ごめんね」
ずっとそばにいてくれたから。ずっと見ていてくれたから。ずっと守っていてくれたから。気付くはずだよね。ごめんね。すぐに言い出せなくて。ちょっとだけ怖かったのだ。あと、単純になんて言うべきか分からなくてさ。
「陣平さん」
「ああ」
「愛してるよ」
「はァ!? それかよ、言うことって」
「ダメなの?」
「ダメ、ではない。けど、」
腕の中から手をのばして、背伸びで彼の唇にキスをする。一ヶ月ぶり? いや、もっとか。
「ぜんぶ、思い出したよ」
「……すぐ言えって」
「忙しそうだったから。ごめんね」
「いい」
もういい、と小さな声で彼が言う。私を抱く手は力強く、それは互いの不安な心の現れだった。
怖かった。きっと二人とも同じだった。怖くてもそばにいてくれたし、私も彼の近くにいようと思った。記憶がなくても、私はこの人を、また好きになったのだ。
「ずっと、そばにいてくれてありがとう」
「別に」
「もう忘れないから、だから許して」
唇が触れあうところでそう言えば、陣平さんの方から唇同士がくっつけられた。暖かくて泣きそうになる。やっと戻ってきたのだ。この場所に、この心に。
「何度忘れても怒らねえから、だから」
「うん」
「危ない目に遭わねえようにしてくれ。頼むから」
「うん。うん、気をつける」
私だって好き好んで事件に首を突っ込んでいるわけじゃないんだけど。知っていて回避しないのは同じようなものなので、今後を改めようと心に誓う。今回は流石に堪えた。おまけに懲りた。
「分かったなら、もういい。疲れたから寝ようぜ」
「一緒に?」
「……嫌なのかよ」
「いや嬉しいなって」
私が死ぬときは俺も死ぬなんて、殺し文句で私を殺すのはいいけれど、本当に死なれたら困るので、せいぜい長生きでもするか。一生は長いので。長い一生を、陣平さんと生きると決めているので。