観覧車を前にして思ったことは、大きいと怖いで、前者はともかく後者は分からない。私は高いところも苦手だったのか。だとしたら、なんでここへ来て、観覧車なんか乗ったんだろう。
 キャストさんに笑顔で「いってらっしゃい」と見送られ、狭い個室に2人向かい合って座った。記憶がないので観覧車というのに乗るのも初めてだったけれど、見た目より揺れなくて安定感がある。ただぐんぐん高度を上げていくのはちょっと怖い。

「私って、高いところも苦手だったんですか」
「怖いのか」
「いや、なんとなく」
「……観覧車は好きじゃないって言ってたが」

 松田さんが迷うように口を閉じ、それから髪をくしゃりと手で握る。私がその続きを待っていると分かると、諦めたように彼は口を開いた。

「それは、高いところが苦手だからじゃない」
「え?」
「俺のせいだろ、……たぶん」

 松田さんのせいで、観覧車が苦手になった。それってどういう状況だろう。ここで何かされた? まさか。ここまで大切にしてくれていたのは十二分に伝わっている。乱暴なことをして傷つける人じゃないだろう。
 じゃあ、どうして。何があったのか。

 互いの吐息すら聞こえそうな個室の中で、そっと目を閉じてみる。瞼の裏は暗かった。暗いところに松田さんがいる。ちょうど今の今まで見ていたように、窓にもたれて頬杖をつき外を見ている松田さんが。

『あれから、アンタの言ったこと、考えたんだよ』

 ん?

『……アンタの言う通りだ』
『だから約束する』

 何を。何を、約束したのか。

「——おい」
「……はい、」
「大丈夫か。顔が真っ青だ」

 目を開けると、松田さんの白い手がそっと私の頬に触れる。その感触に覚えがある。初めてじゃない。きっと、何度も触れてもらった。

「何か、思い出したのか」
「少しだけ」

 あの時、私と彼は何を約束したんだろう。その先にはまだ靄がかかってよく見えない。彼の声も遠くにあって聞こえなかった。

「まあ、そう焦ることはないだろ」
「……はい」
「俺トイレ行ってくるからここで待っててくれ」
「分かりました」

 松田さんが離れて行ったところで、残りのカフェオレを飲んでいると重たい足音が近づいてくる。影が差して、何だと顔を上げるとそこには着ぐるみが一体立っていた。

「え?」
「——あぶなぁい!!」

 なんだ、と思ったのも束の間誰かの叫び声に、慌てて着ぐるみが走り出す。え?
 えっ!?何!?

 ドタドタと走り出したそれを追いかけるようにして現れたのは、いつかお見舞いに来てくれた少年探偵団のみんなだった。私が何事かと理解する前に彼らの鮮やかな手腕で着ぐるみは倒されてしまう。
 え、あれ悪いやつなの?

 駆けつけた警察の方により頭を外されたそれは、容疑者として名前の上がっていた男だったらしく、可愛いリスの着ぐるみのポケットからは大きな刃物も発見された。

「みんな、どうしてここに!? というか、これは」
名前さん、僕たちの大勝利です!」
「あの人が犯人?」
「そうに決まってます!」

 楽しげな遊園地に一気に殺伐とした雰囲気が流れたが、それを打ち消す子供たちの笑い声は溌剌としたものだった。あの人が犯人なのか。随分あっさり捕まったらしい。

「おい、これは一体」
「あ、松田さん」
「松田刑事がいない間に、僕たちの大手柄です!」

 子供たちとそれから警察の方達とも言葉を交わした松田さんは、呆れたように笑っていたが、犯人が捕まってスッキリという顔じゃない。まだ、何かあるのか。怖いけど、知りたくて。それが自分が関わっていることなら尚更。

「松田さん、まだ何か、」
「いや、ちょっと気になっただけだ」

 私の記憶があって、私たちが恋人同士であったなら、彼の考えていることもちゃんと教えて