帰り方が分からなくなる。どれが家で、どれがそこに続く道か。混乱して、足が止まった。家に篭りっきりじゃよくないからと、1人散歩に出たはいいけど、帰る場所を見失った。ここはどこだろう。辺りを見る。曲がり角には町名が書かれているけど、それが自分の家なのかどうか曖昧だ。
 そんな遠くまで来たわけでもない。少し落ち着こう。カバンからスマートフォンを取り出して地図を確認する。家の住所はちゃんとメモしてあるから大丈夫。慣れないアプリ操作にえっと、と四苦八苦していると「名前さん」と声がしたので顔を上げた。

名前さん、こんなところでお散歩中?」
「コナンくん」
「こんにちは」
「ん、こんにちは。散歩してたんだけど、道に迷っちゃったみたいで」

 恥ずかしさもありながら、アハハと笑えば、コナンくんはそんな気まずさもなんてことないという顔で「じゃあ一緒に帰ろう」と提案してくれた。6歳なのに対応が大人だ。妙なところに感心する。ここは大人しくお世話になろう。無理をしても仕方ない。

 コナンくんが住む毛利探偵事務所は、ちょうど私の住む家兼お店のすぐ近く。いわゆるご近所さんで、前々からお世話になっていたらしい。そんなことも覚えていないので、最初に会った時「ごめんね」と言ったら嫌味ひとつない笑顔で「仕方ないよ」と言われてしまい驚いた覚えがある。あれも大人対応だった。

名前さん、この前のあれ大丈夫だった?」
「あーうん。怪我もなかったし、松田さんのおかげで無事だったよ」
「そっか、良かった。ごめんね、ボク近くにいたのに」
「コナンくんが謝ることじゃないよ、ありがとうね」

 腰の位置にコナンくんの小さな頭を撫でる。コナンくんは恥ずかしそうな顔で笑っていた。

「そういえば、あの日、ボクに何か聞こうとしてなかった?」
「え?」
「ほら、落ちちゃう直前に。松田さんのこと」

 ……ああ。そうだ。あの時、私は松田さんのことをコナンくんに聞こうとしていた。
 松田さんみたいな刑事さんと私のような一般人がどういう経緯で親しくなったのか。どうして私に、こんなに良くしてくれるのか。私たちと親しかったというコナンくんに聞こうと思っていた。

 でも、あの後。退院して、家に帰った時。
 記憶を取り戻す手がかりになればと部屋の整理をしていた時に見つけてしまったのだ。引き出しに丁寧に仕舞われた写真を。そこには私と松田さんが二人きりで映っていた。それは親しいというより、もっと親密な距離感で。

「……んー私ってさ」
「うん」
「松田さんとお付き合いしてたんだよね?」

 スマートフォンの写真フォルダを遡る。数は決して多くなかったけれど、二人で映ったものも、松田さんだけのものもいくつもあった。それが意味することを分からないほど、頭が悪くなったわけじゃない。

「松田さんがそう言ったの?」
「ううん、松田さんは店の常連だって」
「じゃあなんで名前さんは今そう思ったの?」
「写真見ちゃったんだよ」

 コナンくんは、そこでああと納得し、私がもうほとんど確信していることに気づいたようだった。聡い子だな。子供なのに、彼が私に関係を隠そうとしていたこともちゃんと理解している。

「それに、——あの人、優しいから」

 彼から与えられる優しさが、全部、そういう理由からであるとは思わないけど。だって彼は警察官で、人を助けることを仕事としている人なのだ。私であっても、私でなくても困っていれば手を貸すだろう。危ない目に遭っていれば救い出すだろう。
 でも、彼が私に手を差し伸べる時、彼の目に浮かぶ感情は、単なる義務的な優しさではなかった。そういうものを本能的に感じ取る場所は、ちゃんと生きて働いている。

「大事にしてくれてたんだなって、思っちゃったんだ」
「……うん」
「コナンくんも知ってた?」
「……うん、知ってたよ。2人にはたくさん助けてもらったから」
「そっか」

 今は、帰り方が分からないだけなのだ。道がわからない。でもきっと帰る場所はどこかにある。帰る方法も。だから怖くても進まなければ。そこへ導いてくれる人も、ヒントも、ここにはあるのだから。

「ね。コナンくん、私と松田さんの思い出の場所とか知らない?」