ピンポーン
図ったようなタイミング。インターホンが鳴る。今日は配達は頼んでいなかった気がするけどと思いながら画面を見ると、そこに映っていたのはさっきまでコートの真ん中で拍手を一身に浴びていた男だった。
「み、三井くん?」
「おー話したいことあんだけど今いいか」
「いいけど」
オートロックを解除する。いいけど、よくない。もうお風呂入っちゃってすっぴんだし、ちょっと今、感傷的な顔をしている気がする。簡単に言うと泣きそうな顔。だって失恋した日なのだ。それなのに、失恋の本人がドア一枚向こう側にいる。
相変わらず状況がよく分からない。
「大丈夫だけど。え、どうしたの」
「今日試合来てただろ」
「うん、あ。チケットありがとう。それと、復帰おめでとうね」
「おー、サンキュ」
玄関で立ち止まった三井くん。中に入る気はないらしい。
段差で少しだけ目線が近くなって、近くで見ると本当に格好いい顔だなと他人事みたいに思った。
「今日、復帰戦見てもらったらよ、言おうと思ってた」
「……何を?」
「俺たち、付き合わね?」
その瞬間はまるで時間がぴたりと止まったようで、私は息をするのも忘れて彼の顔を見つめていた。今、なんて言った? 付き合わね?何に? 交際の意味で?
「——え?」
「俺も、名字のこと好きだし、お前も俺のこと好きだしよ」
「……三井くん私のこと好きだったの」
私がそう尋ねると、この前私が告白した時の三井くんが言ったこととそのまま同じになって、三井くんがフハと笑う。こっちは全然笑えないんですけど??
「バスケ続けてよぉって泣かれた時に好きになった」
「どういうことか分かんないんだけど」
「俺も分からん」
屈託のない笑顔は、頬が少し赤いのがいつもと違って。三井くんにも照れくさいとか、そういう感情があるんだと知る。
あの時は、というか今も。純粋に、彼にバスケを続けてほしかった。怪我で辞めるという選択肢を選んでほしくなかった。でもそれを泣きながら言い出す酔っ払いを、好きになる要素は、私には分からない。だってぜったいブサイクだったし。
「でも、いいだろ。好きになる理由とか。好きなんだから」
「ま、まあ」
「感謝してんだ、怪我して落ちてた時に名字に会えて」
三井くんの手が、私の手を取る。真っ直ぐな人だった。太陽のようで、飛行機雲のようで。手が届かないと思って失恋した気にまでなっていたのに、今、あっさりその手を取られてしまった。
「な、返事は」
「……私でよければ?」
「なんで疑問形なんだよ」
「いやまだ理解が追いついてない」
「そーかよ。じゃあ今日はゆっくり寝ろ」
また連絡するから!
そう言って三井くんは嵐のように去っていった。
ものの数分。でもこの数分で未来がガラリと変えられてしまった気がしている。「じゃあな」と「またな」。彼の去り際に向けられる日焼け知らずの真っ白なうなじが、どうしようもなく恨めしくて眩しい。私が三井くんに勝てる日など来ないのだろう。惚れたら負けなんて、昔の人はよく行ったもんだ。
[ 来週の日曜オフだから土曜泊まっていいか ]30分後、送られてきたメールに笑いながら「いーよ」と返す。やっぱり素敵な休日だった。
「君のうなじが心底憎い」 〆back