「あー……」
唸りながら部屋でケータイを握りしめる。
充電もして、本当なら早く連絡すべきと分かっているが踏ん切りがつかない。どんな顔して、というかどんな声で彼に連絡すればいいんだ。
言うつもりもなかった。友達で十分。そう思っていた数時間後に「好きだ」と言ったなんて馬鹿にも程がある。酔っ払いの戯言ってことにしたいけど、酔っている時こそ本音が出るのが人間なのだ。
恐る恐る電源を入れる。ヴィーっと不気味な音がしてケータイの画面が明るくなった。
「わ」
そこにはびっしり不在着信が12件。何も相手は三井寿だった。
心配をかけている。それと多分、追求される。
自分の失態に絶望しながら、もう逃げられやしないと腹を括って、一番新しい着信から彼の番号をコールした。
「もしもし」
「名字!?」
「あ、うん。名字です」
「お前、今、どこ?」
「えっと家だけど。それより、あの金曜日、」
「今行くから待ってろ」
「ん?」
「着いたらインターホン鳴らすわ」
私のちょっと待ったを聞く前に、通話は終了していた。今行くってなんで? できれば会いたくないんだけど。いや、今言っても遅いけど。
ピンポーン
それから10分も経たずにインターホンが鳴る。鳴らしたのはもちろん三井くんである。私は本当に来ちゃったのかと逃げたくなりながら、どうぞと彼を招き入れる。本当どうしてこうなったんだか。
「お前、どうしてたんだよ。連絡繋がらなくてまじ焦った」
「ごめん、ケータイ店に置いてきちゃってて」
「……そーういうことかよ」
「はい、すいません」
私が飲みすぎて倒れたのかと心配してくれた三井くんの優しさに、羞恥と罪悪感で心の中はヒッチャカメッチャカだ。
何を言っても恥ずかしいので、思い切って「金曜日はごめん」と頭を下げたら、あの明るい笑い声が聞こえてきた。大きな手が、私の頭を撫でる。
「別に。楽しかったぜ。酔ってる名字も見られたしな」
「忘れてください」
「無理」
「そんな意地悪言わないで……」
聞けば、やっぱり家まで送ってくれていたらしく、私がもう一度「ごめん」と言えば謝らなくていいと、彼が拗ねたような声を出すから、なんか。そういうところが好きなんだよなと現実逃避が頭に浮かんだ。
そう、好きなのだ。私は三井くんが好きで、それを酔った勢いで本人にぶちまけているのだ。言うまでもなく最悪である。
「それで、あの金曜日、私が言ったことだけど」
「おー」
「本心ではあるんだけど、気にしないでほしいというか。それこそ忘れてくれてもいいし、いきなりで本当ごめん」
「……ん?」
「三井くんのこと好きだけど、その、付き合いたいとか烏滸がましいこと思ってないし。ほんとに……!」
これまで通り、友達でいられたら嬉しい。
欠片の勇気を振り絞ってそう伝える。これからのことなど知らないけど、彼との間にわだかまりや気まずさが残るのは嫌だった。
友達が無理ならもう会わない。寂しいけど、まだ傷は浅いから。きっと大丈夫だ。きっと。
「名字」
「……はい」
「お前、俺のこと好きなの?」
「……はい?」
ん? ナニコレ。どういう状況?
「そう言ったんだよね? 私」
「いや。今、聞いたけど」
「え、でも金曜日、好きだって言ってたって店員さんが、!」
「あ。あー、そういう」
「何が!?」
三井くんは全部分かったのか、またカラカラと太陽みたいな顔で笑っている。私には、今の状況がちっとも分からないわけだけど。
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら三井くんが、私の方へ向き直った。「勘違いだな」って、だから何が。どんなふうに。
「金曜に言ったこと、覚えてねーの」
「ぐ。……うん」
「“バスケの話してる時の三井くんが好きだから”」
「えっ」
「“だからバスケやめないでよ”」
「え、何それ」
「お前が言ったこと」
私の膝と交換してあげるーって言いながら泣いてたぞ。
三井くんの言うことが本当なのかどうなのか定かじゃないのに、心当たりがありすぎてもう本当に消えてしまいたくなった。
これまで、三井くんが膝の怪我でバスケットをできていないと知っていて黙っていたことも、三井くんがバスケの話をする時のキラキラした顔をいいなと思っていたことも、結局彼を好きになってしまったことも。
言わないでおこうと思っていたこと全部、私は彼に言ってしまったらしいのだ。
「もうやだ」
「そう言うなって。嬉しかったから」
「慰めないで、悲しくなる」
「マジだってば」
三井くんの眉が少しだけ歪んで、それからいつも快活に笑う顔がちょっとだけ申し訳なさそうな顔になる。
「ケガのこと、気遣ってくれてありがとよ」
「そういうわけじゃ、」
「俺、バスケ辞めねーから」
自分がどれだけ恥ずかしいとか、どさくさに紛れて告白しちゃったとか、今日も真っ直ぐな三井くんはやっぱり一番素敵だとか。そんなことは今はよくて、ただ彼が言ってくれたその言葉は泣いてしまいそうなほど嬉しかった。