手を握ったまま、私たちはアーケードを進み、船を停めたのとは別の港を目指した。そこがこの島のメインの港だ。私たちの船の横にあった船の、数倍多い数の船が停められている。

私たちは寒い風に吹かれながら、その船の数を数えるようにゆっくりと海の近くを歩いた。ここ数日は新しい旅の準備でふたりでゆっくりする時間もあまり取れなかったから、ポツリポツリ、他愛もない話をしながら。
私が話し、ローさんが「ああ」と頷く。たまに何か尋ねて、それに彼が返す。私たちの常だった。私たちの幸せだった。私たちの当たり前の幸せは、そこが偉大なる航路の只中でなくても、私の生まれた島の上でも。どこにあっても成立するものなのだ。

「……名前ちゃんじゃないか?」

ゆっくり進んだ先、船の近くにいたおじさんが目を丸くした。
その声と、あんまり変わらない格好に私も目を丸くして、小さな声で「うそ」と漏らす。私のことを、小さな頃から知っているおじさんだ。母の酒場の常連だった。

「久しぶりだなあ、いや、大人になったな」
「おじさんも。お変わりないですか」
「いや〜〜年だけ取っちまったよ」

そう言いながら頭をかくおじさんの手は、確かにもう“おじさん”と呼ぶには深すぎる皺が刻まれている。胸が痛んだ。母の死後、散々心配してくれた人たちに、帰らないと告げずに去ったことを思い出して。そして、そんな不幸者を、当然のように迎え入れてくる優しさが、今は痛い。

「お隣は旦那かい? 随分な男前だ」

おじさんの目が、ローさんへ向く。
ローさんは決まりの悪そうな顔で小さく頭を下げた。肯定も否定も面倒であると理解しているらしい。

「そうです。格好いいでしょう」
「ああ。でもそうやって親子揃って、他のとこから男前を連れてくるから島の男が嫉妬するんだ」
「じゃあ見つかる前に逃げなくちゃ」

おじさんの目が細くなる。お別れの時間だ。
今度は、おそらくもうないだろう。互いに分かっている。寂しさはない。でも、未来永劫さようならとは言い難い。

「幸せになりなぁ」

娘でも島の子供でもない私に、おじさんがくれた言葉に精一杯の笑顔で頷く。
握り直されたローさんの手の力の強さに安堵して、私は反対の手を振った。どうか元気で。もう会わずとも、元気で。



港を離れ、道の真ん中で足を止める。人はまばらだ。私の知る顔も、私たちを知る顔もない。
ここまで偉大なる航路を騒がせる大海賊の話は届いていないのだろう。それか、今じゃ名のある海賊が多すぎて、何が何だから理解しきれていないのかもしれない。誰にも後ろ指を指されずに歩けるのは、思ったよりも気楽でいいものだ。

「あそこの路地裏で、初めて自分の能力を試しました」
「怪我をもらったのか」
「はい。初めてはネコで、確か足のところを」
「……痛かっただろ」

私は笑んで、頷いた。痛かった、だろうな。覚えてないけど。きっと痛かったはずだ。13歳の少女は切り傷ひとつで泣けるほど、痛みというものを知らなかったから。

「ローさんがここにいるって、なんか不思議な感じがします」

十数年前の傷に今更貼られた絆創膏。むず痒い。優しさだけが染みる。そんな感じだ。