目が覚める。そう長い時間は経っていなかった。しかし、目を開けて一番に目に入った広い空に檻のような糸の影はない。歓喜の声がここまで届く。「……勝ったんだね」。ルフィくん。流石、主人公だ。これが一つの漫画としてなら、きっと最初から最後までハラハラ楽しく見れただろうに。いざ当事者になると、あれだな。勘弁してほしい。

「……ドフラミンゴさん」

ボロボロなのはお互い様。彼は大きな体を横たえて、町の真ん中に倒れている。もうすぐ海軍がくる。彼の時代は終わりだ。この国には幸福が戻ってくるだろう。彼がこの10年間奪い続けたものが。

「約束。覚えてますか」

太い腕で顔を隠し、ぐったりと動かない男はなにも言わない。こんな彼の姿を見るのは初めてだった。負けたことなどなかったはずだ。負けることを一番、恐れていたはずだ。

「私が生きたいのか死にたいのか分からないって話です」

約束を、した。彼の問いへの答えを用意すると言った。誰かさんは約束など破ってしまえと言うけれど、やっぱり一度した約束ならば守りたい。もう二度と会わないと思っているのならなおさらに。

返事のないドフラミンゴに向かい、息をするように静かに話しかける。ヒューヒュー呼吸音が漏れる。私のものか、彼のものか。

「そんなの生きていたいに決まってます。怖い思いも、辛い思いも、……本当はしたくないです」

生も死も等しく難しいけれど、すべてには意味や理由があって、それが分かるかどうかは自分次第。答えはないし、見つからなくたって平気だ。でも生きる理由を見つけたら、きっとそれから目を背けることはできないんだと思う。

私が出会ったたくさんの人と、その周りの人たちがそうであったように。みんな自分の心に従う生きるしかないのだ。逃げられない。他でもない、”自分”からは逃げられないから。

「でも。私、愛してるんです。ローさんのことを世界で一番愛してる」

ちょっとだけ泣いた。ローさんに知られたら怒られそう。いや、ここへ来た時点でもう怒られるのは確定なんだけど。それでも、俺の前以外で泣くな、ときっと彼なら言うと思う。私も、同じように思うから。

「……だから絶対に生きていたいけど、ローさんのためなら死んでもいいと思う時もあるんです」

私の生きる理由は、離し難いほどに愛しい。
それが答えだ。ずっと一人で生きてきたあなたには分からないでしょう。心の底から人を愛したことなどなかったでしょう。誰かのために死んでもいいと思える感情を、この衝動を、あなたはきっと知らないでしょう。

「あの日、私をあの島へ送ってくれて……ありがとうございました」

さようならとは言わないことを、どうか私の優しさだと思ってほしい。
私の最後の言葉がドフラミンゴへと届けと願う。交わることはなかったが、私たちもまた数奇な縁で結ばれていた。

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海軍へ連行される怪鳥の最後の姿を目に焼き付ける。もう彼が振り返ることはないだろう。私たちの道が交わることも。そう思えば、いつの日にか交わしたロシナンテさんとの約束を果たせたのかどうか不安になる。

名前
「……ローさん」
「さっさと手当だ。本当に死ぬぞ」

人のことなんかまるで言えないほど傷だらけのローさんが、私を横抱きにして抱き上げる。1人で歩けると言いたかったけれど、どうにもそう言う力はほとんど残されていなかった。

ね、昔。ハートの海賊団で、私がまだ仲間ではなかった頃。船が敵に襲われて、私の腕が撃たれた時も、こうして医務室まで運んでくれましたね。恥ずかしかったな。ああ、なんか。ローさん、本当に逞しくなったなあ。

「ロシナンテさんも、」
「ああ」
「これで安心してくれましたかね」

私を抱く彼の手に力が入る。泣かないで、今は頬に手を伸ばす力もないんだ。

「ああ。……きっと」