アルコールで記憶を飛ばすことをブラックアウトと呼ぶそうだ。恐ろしいが適切な名前。大学2年のサークル合宿で一度やらかしたことがあるが、あれは正しくブラックアウトだった。記憶に穴が空いてるように、すっぽり抜け落ちるのだ。
以降、そんな醜態を晒さぬようきっちりお酒もの付き合い方を考えてきたわたしだが、昨日の飲み方はひどいという自覚があった。宗ちゃんが止めるのも聞かず飲み進め、マスターに『今日は大荒れだね』と苦笑いされるほどに飲み続けた。考えたくない、忘れたい。人間を破滅させるのはそういった逃避願望である。
「……もしもし」
『吐き気は?』
「その次元は超えてる」
『最悪だね』
「分かってるから言わないで。あーもう謝るのも面倒。ごめん、スマン」
こんな程度の謝罪では済むまい。次回、高級寿司を奢るという約束が滑らかに取り付けられた。宗ちゃんは抜け目のない男である。別にいいよ、って、年下に言われて、本当に恥ずかしい成人だ。今こそ忘れたい。
『……肝心の記憶の方は?』
「なかったら最高の気分だった」
『残念』
「無念」
女性はブラックアウトしやすいという科学的根拠を信じた作戦であったのに、思い届かず。いやそもそも忘れたいのは昨日というより(今となっては昨日のことも記憶から消したいが)、ここ半年ほどすべてだ。頭痛するくらい悩むなら捨ててしまえ、って、”潔いのか未練たらしいのか分かんない” ——ああ、完璧に覚えてる。
『逃げるのは、よくないな』
「…昨日も聞いたよ」
『あいつは逃げない男だと思うよ』
みんな、寄って集って何なのだ。わたしのこと散々好きだなんだと振り回しておいて、アメリカに行きますって。そりゃあ忘れてやる!って怒っても、わたしは悪くない。ただ意気地無しなだけ。
『それに短気だから、すぐ返事聞きに来るんじゃないかな』
「……どうだか」
ムカムカと胃からせりあがってくる不快感。本当に馬鹿すぎて泣けてくる。もう悔しくって悲しくて。せめて海の向こうで、あの男も同じ気持ちだったらいいのにと恨みを吐いた。