かの男──神宗一郎と、出会ったのはかれこれ7年前、私が14歳の頃に遡る。中学時代、生物委員会に所属していた私は、新しく入ってきた新入生に仕事の説明をすることになった。その時に私の担当だった新入生こそ、神宗一郎、まさしく彼である。2年生になり、初めて出来た後輩が嬉しくて私は張り切ってウサギ小屋の掃除や餌やりの説明を彼にした。ここは汚れやすいからよく掃除してね、エサと水のチェックは忘れないこと、あげすぎ注意。最後にえさやりの時はこうするといいよ、と(何を思ったのか)ずかずかとウサギに近づき、太めの人参をチラつかせ、私はこいつと親友なんだぜってフリをしようとしたのだ。そしたら、ウサギは警戒心がマックスから限界突破してウサギ小屋の中を持ち前の脚力で飛び回り、私を散々に蹴散らしたあと、泣きっ面に蜂とばかりに人参を持っていない方の手をがぶりと噛んで奥に引っ込んだのだ。忘れもしない、14歳の春のこと。そして、泥まみれ半泣きの上級生を前に、静かに宗ちゃんが放った一言こそ、
『先輩、頭悪いんですね』
である。今考えても、泣ける。
そこから、神宗一郎が私に懐いたのは世界七不思議の一つに数えられる。私が3年で生物委員長になった時には長い足をじたばたさせて爆笑していた彼であるが、私が卒業したあとはそのあとを引き継ぎ委員長に立候補したことを私は知ってる。そして、〈人生安定〉をモットーに掲げる私は近所の大学付属校へと進学。そのとき、宗ちゃんが呟いた「都合がいい」の意味を知るのは高2の春。
思えば長い付き合いになった。初めは「神」「先輩」と呼びあっていたのが、今じゃあ「宗ちゃん」「名前さん」に。敬語だって気付いたら無くなってた。〈人生安定〉を掲げていた私が血迷って外部受験をした時には、またも「色んな意味で頭悪い」と悪態をついた彼だが、彼がエスカレーターで海南大に進学した後も、こうしてたまの飲みは続いている。気楽に思い出話ができる友達というのは、年々貴重なものになった。私より1年遅くデビューしたくせに、私より酒が強いのが彼の可愛くないところであるのだが、何だかんだでやっぱり可愛い後輩だ。彼が私を先輩と認識しているかはこの際、問題にならない。
「そういえば宗ちゃんって大学でもバスケット続けてたよね?」
「どうしたの急に」
ロックグラスを傾ける彼を前に、私はレモンサワーを煽る。
「流川楓って知ってる?」
「知ってるけど何で?」
「バイト仲間」
マジ?と目を丸くした宗ちゃんは、アルコールでほんのり顔が赤らんで、お猿さんみたい。
「今度行っていい?」
「多分ダメ」
「なんで?」
「怒られそうな気がする」
なんか、すごく、流川はそういうの嫌いそうだ。残念、と眉を下げた彼の白々しいこと。本当に見たけりゃ勝手に来るだろう。バイト先は結構前に言ってある。
「だから今度バスケ見に行くかも、ルール教えて」
「俺が7年間あんなに言っても来てくれなかったのにね」
ごめんね、って言いながら悪いと思ってない私。気にしてないよ、って言いながらめちゃくちゃ根に持ってる神宗一郎。ふたりの時に必ず使うこの居酒屋の名前はラビットホール。因みに私は、あの日からウサギは大嫌い。人生、何があるかなんて誰にも分からない。