ヴー! ヴー! ヴー!
まさか、こんな辺鄙of辺鄙なところで、ベルが鳴る日が来るなんて夢にも思わなかった。この建物、ベルなんて付いていたんだなって、それすら知らなかったくらいだ。

 パンクハザードの凍てつく寒さにも不本意ながら慣れた頃、朝から島は少しだけ騒がしかった。おまけに鳴らされた呼び鈴。ここは誰も彼も立ち入り禁止の場所と聞いていたのに、どうなっているんだ、全く。

「ローさん、手離せないなら私出ましょうか?」
「いやいい、俺が行く」
「そうですか?」
「どうせ俺の客だ」

そりゃあ、私の客であるはずがないから当然だけど。トラファルガーさん、お届け物です、って訳もないだろうし。スタコラ歩いて入り口に向かうローさんに続き、私も部屋を出る。暖房のある部屋と違って、廊下は寒さが肌に刺さって痛い。

「部屋で待ってろ」
「でも、少し気になっちゃって、」
「……顔は出すなよ」
「わかってます」

何があるか分からないこんなところでは、彼の言うことに背くわけにも行かず。階段を降りる彼の背には続かずに、ここから見ていることにした。

 にしても、パンクハザードと言えば。
 思い出そうにも、記憶は日毎薄くなっていくばかり。詳しいことなんてまるで覚えていない。パンクハザードという名前を私が知っているってことは、ワンピースの漫画に出てくるってことだ。確か、ドフラミンゴ と戦う前。あのシーザーという研究者は敵で、もちろんぶっ飛ばすのは主人公であるルフィくん。

 ルフィくん……?
 ローとルフィの共闘は熱いね、なんて遥か彼方に友達とした会話を掘り返す。彼女はとてもローの好きな子だった。もしも、今、会話できたとしたら、そのローさんとお付き合いしていますって、……いや言えないな。違う、そんなことはどうでもいい。

 ここでの物語が動き出すのは、もちろん主人公である麦わらの一味が到着してからだ。
 その日付を知らない私は、ここで何も知らない顔でローさんと暮らしてきたわけだけど。このタイミングでやってくる客人。それはきっと招かれざる誰かのはずで。さて、誰だったか。

 頭をポカリと叩いてみる。そんなワンパンチで思い出せるような仕様にはなっていないので、もちろん痛いだけだった。

 ギギギ ガコ、―――
耳障りな音。重たい大きな扉が開いた。外から、ワアワアと騒がしい音が聞こえてくる。誰かいるのは間違いない。扉に体を預けるローさんの背中しか見えないが、静かなこの研究所でその声はよく響く。

「俺の別荘に、何の用だ…… 白猟屋」

ハクリョウヤ。白竜、伯領、白……猟
白猟屋。

「って、まさか……!」

ああ、何で気づかなかったんだろう。そうだ、このパンクハザード編のキーパーソン。主人公のルフィ、同盟を組むロー、そしてもう一人。海軍の人間がいる。

「──スモーカー、さん……」

いつも葉巻をくわえて正義を背負い、あの人は心のどこかでずっとあの街にいるような気がしていた。でも、そんなはずはない。スモーカーさんはワンピースにおける重要なキャラの一人だ。物語にも関わりがある。時間は流れている。こうして、いつか交わる日が来るように。

 私が少しずつ記憶を取り戻すと同時に、ドタドタと何かが走ってくる足音が近づいてきた。慌てて階下を覗くと、あのシーザーの元にいる子供たちと、ナミさんにチョッパーさん、サンジさんに、フランキーさんまで。ワアワア騒がしい正体は、やっぱり彼らがこの島に到着したからで間違いない。

 とうとう、物語が動き出す。

 少しだけ怖かったけれど、麦わらの皆さんはルフィくんの縁で知っているし、みんな優しい良い人たち。敵対関係でないだけマシと思おう。

 そんなことより、これからの私に必要なのはとにかく自分の身を守ること。余計なことはしない、心配はかけない。迷惑をかけない。ああ、やることいっぱい。つまり、じっとしてろって話。

 バタバタと忙しそうなみなさんに声をかける隙などあるはずもなく、どうしようと思っていたら、ちらりと振り返ったローさんが、『そこにいろ』と視線を送ってくる。どうするわけにも行かないので、ブンブン頷いて私はその場にしゃがんだ。こうすれば、上がってこない限り、人の目に触れることはない。

「そりゃあ、巻き込まれるよね……」

むしろここからトラファルガー・ロー大活躍シーズンでは。怖いな。膝を抱え、足の間に頭を落とす。

 これは私の知っている物語であって、少し違う。それは私というどこからともなく飛ばされた異分子が、この世界のあらすじを書き換えたから。

 世界は少しずつ変化する。パンクハザード編はどうなることやら。兎にも角にも私は死なない程度に生き残るために、最善を尽くす他ない。がんばろ、と息を吐いた途端に、外から物凄い大きな音が聞こえてきて泣きたくなった。ローさん大暴れじゃん。