別行動を終え、合流した私たちは菊川くん、歩美ちゃん、光彦くん、元太くんの4人が賭博場での乱闘騒ぎで脱落したことを知る。そうか、あの乱闘騒ぎってこんな序盤だったのか。なら別れずに一緒にいたほうが良かったかもしれない。
「それで、代わりの収穫はあったんだろうな」
「うん。モリアーティ教授に会えたよ」
「へえ。あの悪党もやっぱいんのか」
「みたいだね」
シャーロック=ホームズの宿敵、モリアーティ教授。今回メインとなるジャックザリッパーを育てたのもそのモリアーティ教授らしい。彼の手を離れ、恐ろしい殺人鬼となったジャックザリッパーだが、まだ彼の指令は届く、捕まえるための舞台は用意しようと、そう約束してくれたらしい。
「もうすぐクライマックスか」
「へ?」
「いや、ほら主人公とラスボスが対峙したら最終決戦って感じでしょ?」
「名前さん、ホームズ知ってるの?」
「あーえっと」
「昔アニメ見たんだとよ」
「ホームズが出てくる? なんてアニメ」
「えっ」
そんな目を輝かせて言われても。君が主人公のアニメだよなんて言えるはずもないのに。
「名前忘れちゃったな。でも昔のだよ。コナンくんが生まれるずっと前だし」
「そっか」
「そうそう」
なんとかその場を切り抜け、今度は私たちの報告だ。
ホームズに関する情報はほとんど得られなかったが、事件に関する情報は少しだけ。ホワイトチャペル地区で第二の犠牲者が出た場所は教会。そこでは第二土曜日、親子バザーが開かれているそうだ。
「確か第二の事件が起きたのは」
「ああ。9月8日。第二土曜日ってわけだ」
「それは関連がありそうだけど、事件の日までよく知ってたね」
「それは私が新聞を拾ったの。まとめて捨てられてたやつをね」
「なるほど」
確か、親子バザーの日に殺された犠牲者はジャックザリッパーの実の母親。母親に昔捨てられたことを恨んで、彼女によく似た女性を次々に殺していたっていう真相だったはず。言いたい。しかし、ゲームでネタバレするやつはもれなく嫌われるものである。残念。
「もう一個あるぜ」
「何?」
「明日あのアイリン=アドラーがオペラ劇場に出演するそうだ」
「じゃあ、モリアーティ教授が言ってた舞台って」
「その可能性が高い。まあ詳しくは明日確かめればいい」
兎にも角にも今日はもう全員ヘトヘトだ。子供たちにも疲れが見えるし、今夜はもう休んだ方がいい。と言っても、泊まる場所もないので必然的に野宿な訳だが。
「何にせよ厄介なことになりそうね」
哀ちゃんの言葉に、頷くほかない。相手はジャックザリッパー、舞台はオペラ劇場。細かいとこはともかく、ここで半分近くまだ離脱するはず。私に何ができる? あー気が重い。
:::「名前さん、もう寝ちゃった?」
「ああ。ヒールで歩き回ってたからな」
「そっか」
松田の肩にもたれるようにして寝息を立てる名前。コナンは松田の横に腰を下ろした。松田は慣れた手つきでスーツの内側に手を入れたが、動きを止め空のまま取り出す。コナンはそれを見て、以前名前が「タバコだけでも止めてくれたら」と言っていたことを思い出した。同時に「タバコ吸ってるところ格別カッコいいんだけどね」と言っていたことも思い出し、この二人は本当に仲がいいなと思った。人のことはあまり言えない。
「お前もさっさと寝ろ。どうせ明日も大変な日になる」
「うん。あのさ、松田刑事と名前さんってどこで出会ったの?」
「俺の話聞いてたか?」
「う。……聞いてたけど、ほら興奮して眠れなくて」
「ったく。出会ったのは事件だが、話すようになったのは俺がたまたまこの人の店に行ってからだな」
「そうなんだ。ずっと仲が良いんだね」
何が悲しくて小学1年生の坊主と恋バナをしなくてはいけないのか。松田はニコチンを摂取できないことも相まって、眉間に深い皺を寄せた。コナンがませた子供であることも、優れた頭脳を持っていることも認めよう。だが相手に関わらず、松田は恋バナを好むタチじゃないのだ。
「名前さんと話してると、時々不思議だなって思うことがあるんだ。僕」
「あ?」
「名前さんは何でも知ってるんじゃないかなって」
コナンの言葉に、松田は思い当たる節があった。これまで同じ感覚になったことが何度もあったからだ。彼女は、きっと松田もコナンも。否、この世界の誰も知らないことを知っている。知った上でそれに向き合っているのではないか、と。
——『でも私の抱える秘密は、決して陣平さんを傷つけるものじゃない。私は貴方に嘘はつかない。言えないことは、言わないってちゃんと言う』——
昔、彼女に聞いた時に言われた言葉。あれ以来、彼女が抱える秘密とやらについて尋ねたことはなかった。そしてこれからも。訊く必要は、きっとない。彼女は何も言わないだろうから。
「良い女ってのは、秘密があるもんなんだよ」
さっさと寝ろ。松田はそう言って乱暴にコナンの髪を撫でた。その返答には不満そうだったが、コナンも観念して腕を組み、少しでも休む姿勢を取る。明日が、戦いの本番だ。