恐怖のヘリコプター空の旅を終え、なんとか無事に王宮に辿り着いた私たち。なんでヘリコプター? 行きは歩きで出てきたんだから歩きで帰ればいいじゃない。なに、カッコつけてヘリチャーターしてんの? 怖いよ。

名前さん、大丈夫?」
「普通に吐きそう」
「なんだアンタ、ヘリ初めてか」
「大体の人間が初めてかと……」

 ヘリコプター乗ったことありますって、それどこぞの金持ちか大泥棒か名探偵位じゃないの? 私は一般人なので初めて乗りました。めちゃくちゃ怖かったぁ。

「ビルから飛び降りても平気そうだったのに」
「全然平気じゃないし、あれは火事場の馬鹿力的なアレで」
「ビルから飛び降りたァ?」
「いや、深く聞かないでください」

 そりゃあね、ヘリ乗ったことない一般人がなんでビルから飛び降りたことあるんだって話ですよね。分かる。でも面倒だから聞かないでほしい。説明するのに大体映画2時間分くらいかかるので。

 げんなりする私と、クスクス笑う名探偵。全部君のせいという意地悪はグッと飲み込んで、次元さんに「なんでもないので」とヘラりと手を振りかえす。なんでもない思いだの1ページ。そういうことにしておこう。一生忘れないけど。もちろん今回のことも。

「まあ、またゆっくり聞かせてくれ」
「あら、“また”があるんですか?」
「いつか、な」

 次元さんが後ろ手に手を振った。丸まった背中とか、いつでも彼と共にある渋い煙草の匂いだとか、彼は、私が子供の頃から画面越しにイメージしていた次元大介そのままだった。最近ようやく『名探偵コナン』の世界に慣れてきた頃だったから新鮮だ。やっぱり私、とんでもない人生歩いてる。楽しいけれど。

名前さんってパパのこと前から知ってたの?」
「ん、初めて会ったよ。なんで?」
「なんかよく知ってる感じだから」
「あー、まあカッコイイよね」

 ああいう男に憧れてしまう気持ち、分かるな。分かるだけね。

「――誰が『カッコイイ』って?」
「へ?」

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「だから断じて浮気ではない!本当に!!」

 陣平さんの真剣な面持ちにどきりと緊張が走る。なんでヴェスパニア王国の王宮のバルコニーで私は恋人に身の潔白を訴えているんだろうか。想像していた再会とまるで違う展開になっている。おかしいな。

 例の如く、次元大介に対するやや不自然な態度で名探偵から疑惑の目を向けられていた時、ぬっと現れたのはいるはずのない恋人、――陣平さんだった。待て待て、この映画に出てくる警察は銭形警部を除けば目暮警部と高木刑事だけのはず。しかも出番は日本で終わっているはずだ。どうしてここに陣平さんが?

 会えた喜びより何より疑問が優って開いた口が塞がらない。そんな私を陣平さんはバルコニーへと連れ出した。詳しく聞けば、降谷さんに頼んでCPOのルパン捜査に同行させてもらったとか何とか。公安、いくらなんでも、“なんでもあり”すぎるだろう。違法不正ばっちこい? 映画の展開変わっちゃうでしょうが。

「だからカッコイイって言うのは言葉のあやで、」
「カッコイイ男と夫婦役だったって?」
「それは成り行きでお願いされただけで志願した訳じゃなくてね……」

 陣平さんが深いため息を吐く。目を細めて、悲しそうな安心したようななんとも言えない顔で私を見つめていた。

 私はその瞬間にとても悲しくなって、何やってるんだろうって泣きそうになる。もちろんおかしすぎるので泣かなかったけれど。こんな場所に連れて来られて、恋人に心配かけて、迎えにまで来てもらったのに、自分は他の男と夫婦役で捜査したりして。おまけに、次元さんのことやっぱりカッコいいじゃんとか思ったりしてさ。詳しく説明することだってできないくせにいくらなんでも酷すぎだ。陣平さんが怒って当たり前。自分が全く嫌になる。

「――ごめんなさい」

 心配かけたことも、色んなことに首突っ込んだことも、曖昧で不誠実な態度も全部。ちゃんと言葉にして謝った。なにがあっても結局自分の言葉に勝るものはないだろうから。

「でも、会いたかった。ここで会えて嬉しい。それは本当だよ」

 早く会いたいと願っていたことは本当で、どんな時でも陣平さんを愛していたのも本当だ。目移りしたわけじゃなく、次元さんはキャラクターとしてカッコイイと思っただけで。ああ、もう本当にややこしいし、言えないんだけどさ。

「俺も、」
「え?」
「本当に、会えてよかった」

 彼の手が徐に伸びてきて、私の肩を掴む。そしてそのままゆっくりと引き寄せられて、次の瞬間には彼の腕の中にいた。安心。愛しさ。申し訳なさ、情けなさ。色んな感情がそこにある。でも彼が好きなことだけはいつも本当。偽りのない私の一番大きな気持ちだ。

「心配した」
「ごめん」
「俺の寿命縮める気か、まじで」
「そんなわけないでしょ。陣平さんには誰よりも長生きしてほしいのに」

 そのために、私はここにいて、こうして貴方の隣で愛を囁いているのに。
 誰にも言わないけれど、一生守ると決めている。陣平さんが、きっとそう思ってくれているように。

「じゃあもう勝手にいなくなるんじゃねえよ」
「うん、分かった」

 彼の手が私の髪を撫でる。くすぐったい、でも嬉しい。私も彼の背中をぽんぽんと叩いた。ああ、陣平さん本当にここにいるんだね。こんなところでも迎えに来てくれるんだ。

「愛されてるね、わたし」
「そーだよ」
「あ、陣平さんちゃんとご飯食べた?」
「またそれか」

 彼が笑う。私も笑った。一度だけキスをして、もう一回笑い合った。