「蘭ちゃんね、お人好しも過ぎると身を滅ぼすよ」
名前さんだってそうじゃないですか」
「私は脅迫されてるから事情が違うの」
「脅迫、ですか?」
「ああ、でも大丈夫。ちゃんと蘭ちゃんと一緒に返してもらうって約束したし」
「すみません、なんか私のせいで」

 蘭ちゃんのせいではない。断じて違う。そしてこればっかりは私のせいでもないだろう。あの流れで断ってもどうせ何かされてここには連れて来られてしまっただろうし、目をつけられた時点で逃げ場はない。辛うじて幸いなことに私はこの映画のストーリーを知っている。大変な事件ではあるが私たちに身の危険が降りかかるようなシーンはなかった気がするので大丈夫なはずだ。

「にしても、朝ごはん美味しかったね」
「ふふ 名前さんって本当にお料理好きなんですね」
「うん。だって美味しいもの食べると人って笑顔になるでしょ」

 無事ヴェスパニア王国に入国し、宮殿へと招かれた私たちは朝食を終え、応接間へと案内された。宮殿の朝食なんて一生のうちもう二度と食べられないだろうし、今のうちに楽しんでおかなければ損だ。

 私がそう話せば蘭ちゃんはいつもと変わらない笑顔を見せてくれた。日本を出国した時は当然だが動揺していたと聞く。出過ぎた話かもしれないが、やっぱり少しでも知り合いである私がいてよかっただろう。子供を守るのはいつだって大人の役目だ。

「――まあ、蘭ちゃんにはナイトがついてるけど」
「ないと?」
「ああ、なんでもない!」
「何の話?」
「わっ、名探偵」

 そんなくだらない話をしていたら、あっとびっくり神出鬼没の死神改め名探偵がいつの間にか私たちの目の前のソファに座っていた。本当すばしっこいというか、地獄耳というかさぁ……。

「邪魔するぜ」
「あっ!」
「?」
「どうしたの、名前お姉さん」

 じ、次元大介……

 本物じゃん。すごい。渋い。かっこいい。頭の中の陣平さんが私のことをギロリと睨む。まあそう怖い顔しないで。これはただのミーハーだ。ぬらりと部屋に現れたのは、紛れもなくルパンの相棒・次元大介だ。名探偵が素知らぬ顔ということはまだ身バレしてないのか。そりゃそうか。

「う、ううん。あの、初めまして」
「どうも」
「変な名前お姉さん」

 だって、この人が世界の大泥棒だってことを私だけが知っていたら君、またあらぬ疑いをかけるでしょうよ。名前さんって本当は何者なの?とか。君にだけは言われたくないっての。

 それからキースさんが到着するまで、私たちはテーブルを挟んで向かい合った。名探偵と次元さんは何でも事件の調査をヴェスパニアから依頼されているそうだ。これがかの有名な『親子役』。生で見るとどう考えても無理があって笑えてしまう。だって似てないし。

「いくら何でもこの坊主と俺が親子ってのは無理あんじゃねえか」

 本人である次元さんがキースさんにそう訴える。蘭ちゃんも名探偵を巻き込むのは反対してる。気持ちはわかるが、王宮にいろって言ったって絶対どっかに行くでしょう、このこ。それで変な事件引っ掛けてくるんだからむしろ最初から行動を可視化しておいた方がいいと思う。私は。言わないけど。

「ならば、あなたが母親役で同行するというのはどうでしょう?」
「へ?」
「あ?」
「蘭さんを外に出すわけにはいきませんし、母親がいれば日本人のファミリー感が増すかと」
「――また無理言ってる、」

 キースさんはそれから残念ながら今は信頼のおける人間が限られていること、そして事件の黒幕がジラード公爵で間違いないということを私たちに話した。秘密の共有はすなわち提案の了承を意味する。また後にも先にも引けなくなってしまったわけだが。それがヴェスパニアのやり方か。

「頼みます、もう時間がありません」

 戴冠式は明後日。それまでにミラ王女が戻らなければ蘭ちゃんが代わりに出席することになってしまう。何とかしてそれを助けるためにも私たちの協力は不可欠ということだ。

「分かりました。行きましょう」
名前さん、」
「蘭ちゃんを助けないとね、名探偵」
「うん!」

 奥で次元さんが本気かよという顔をする。家族役はあくまでフリだ。確かにこの組み合わせでいれば違和感はあるが、二人でいるよりマシだろう。あとは私が二人の足を引っ張らなきゃいいだけ。よし。

「次元さんもよろしくお願いしますね」
「……はあ」