「すみません、今なんて?」
「ええ。ですから、あなたも一緒にヴェスパニア王国に来て頂きたいのです」
「意味が分からないのは私だけですか? え?」
ミラ王女脱走から数時間後。警察の取り調べからやっと解放されたと思えば、今度はヴェスパニア関係者に呼び出され、来てみれば意味の分からない話をされている。私がヴェスパニアへ? Why?
「一つ、今回はやむを得ず王女の身代わりに毛利蘭さんをお連れします。貴女は蘭さんとも仲が良いと聞いた、向こうで彼女の支えになってほしい。二つ、ミラ王女が貴女の料理を気に入ったと報告を受けました。王女が戻った後も落ち着くまで貴女の力を借りたい」
「あの、ちょっと」
「三つ。今回の一件、貴女も犯人を怪しんでいたとか。恥ずかしい話ですが、私たちは今信頼できる人間が限られている。協力して頂きたい」
キースとは、『ルパン三世VS名探偵コナン』における主要キャラだ。王族の血筋であり、王女を第一に守る人。この人はやや誤解されがちだが信頼できる素晴らしい人である。手段を選ばないのが玉に瑕だが人間そんなもんだろう。
兎にも角にも、違法スレスレの段取りをここまで教えられた上で協力を求められているということはもう私のヴェスパニア行きはほとんど決定しているようなものと見て間違いない。こんなはずじゃなかったが、ただの一般人にできることなどないのだ。
「お断りするという選択肢は、――」
「今回は残念ながらあまり時間がない。少々手荒な真似をしてでもお連れします」
「分かりました! 分かりましたから、手荒な真似はやめましょう」
彼がスーツの胸ポケットに忍ばせようとした手を寸前で止める。外国人に薬なんて盛られたら死ぬかもしれないし。無理。諦めよう。怖いけど、事件が片付くまでの辛抱。いざとなったらオチも知ってる。
「必ず無事に私と蘭ちゃんを返してくれると約束してくれますか?」
「必ず。国の誇りにかけて、あなた方に傷はつけません」
「分かりました。ただ、一人私のことを心配するだろう人がいるので無事だということだけは伝えさせてください」
じゃないと何をするか分からないし。
阿修羅のごとく怒るであろう恋人の顔を思い浮かべながら、今日一番のため息を吐く。私たちが出国した後に送信してくれるというメッセージには、合意の上であることと無事に帰ることを書いた。一応、「心配しないで。あとできれば怒らないで」とも書いたが、まあ無意味だろう。帰ってから存分に怒られることにする。
その12時間後、私たちは記者会見に集まった報道陣を横目に空港から飛び立った。言うまでもなく離陸直前に名探偵が乗り込んできた訳だが、言うまでもないのでここでは割愛する。あの子、本当に恐ろしい。