「みんな、無事!?」
「哀ちゃん! 名前お姉さんも!」
人生で初めて観覧車を生身で登り、私もとうとう来るとこまで来たなと思ったけれど、ゴンドラに取り残されたみんなが無事であるので、ひとまずオールオッケーだと思うことにする。いーや、死ぬかと思った。何度死にかけてる? 私本当に一般人だよね?
自分パラレルワールドではコナンの登場人物なのかと疑わしいほどの体の張り具合である。困った、困った。と、そんなどうでもいい自分語りはさておき。問題はここからどうするか、だがこっちは本当に困ったことに私はこの作品を知らないのだ。だから、どうやって解決するのか知らないし、ここにいていいのかも分からない。この観覧車、まさか粉々になったりしないよね。
「一体、何が起きてるんですか?」
「大丈夫、後でちゃんと説明してあげるわ」
哀ちゃんが目配せをして、私に話を合わせろと合図する。言われなくても話す気などない。ここはひとまず、大人として子供たちをぎゅっと抱きしめてあげることにした。大丈夫、大丈夫。本当は大丈夫じゃなくても、誰かにそう言われると不思議と安心するものだ。
「ここで助けが来るのを待ちましょう」
「そうだね、下手に動いても危ないだろうし」
なんて言っても、一般人が楽しく遊ぶ娯楽施設に爆撃するようなイカれた人間が存在しているのだ。しかも、今この瞬間に。明かりがないので何が起きているのか把握することはできないけれど、しかし只事でないことはわかる。これはもしかしなくても劇場版に違いない。
隅っこで固まるみんなにも目を配りながら、何か見えないかと暗闇の観覧車内部に目を凝らすが、襲撃されてボロボロになっていることしかわからない。この前、リニューアルオープンしたばっかりなので呪われているのでは。閉園不可避。
「お姉さん、ありがとう。また助けに来てくれて」
「名前さんも僕たちのヒーローですね」
こんな可愛いことを言ういいこを私がみすみす死なせるわけにはいかない。何より、あの死神名探偵や、哀ちゃんにはこれ以上、何も失ってほしくないというただのババア心である。友達が死ぬのは悲しいでしょう。それも、自分たち絡みの事件に巻き込まれて、なんて私だったら死んでも死にきれない。
「どういたしまして」
「せっかくのデートだったのに、すみません」
「いや、それは」
「姉ちゃんの彼氏は今どこで何してんだよ」
「ま、まあまあ」
恥ずかしいからやめてくれ。デートの途中で事件に巻き込まれるのはもはや日常である。次のデートはカフェにする。事件が起きない名前も知らない町に行って、彼の格好いい顔を日がな1日眺めるだけの日だ。そうだ、そうしよう。
「おおかた、江戸川くんに誘われて今頃爆弾の解体中ってとこかしら」
「……哀ちゃんまで」
三十路の女を揶揄っても何も生まれない。だからやめた方がいい。私が苦い笑いを浮かべていると、突然スマホが鳴った。こんなタイミングで鳴らしてくる人間は多く見積もっても一人だけ。気が重い。
「……もしもし、」
『おい、アンタ今どこだ? ちゃんと避難してんだろうな』
「なんというか、色々あってね。ちょっと逃げそびれたというか」
逃げそびれたどころか、飛んで火に入る夏の虫なわけだけども。私の曖昧な返事に、陣平さんは「は?」と少々ご立腹である。その気持ち、わかる。なんなら陣平さんだけでなく、諸伏さんにだって、安全なところに避難してと言われていたのは、紛れもなく私である。
『怒らねえから、どこにいるか正直に言ってみな』
「か、観覧車の中?」
『はあ?』
「怒ってるじゃん〜〜〜」
嘘つき。怒るから正直に言えの間違いだ。それは。悪いのは私だけども。
なんでそんなとこにいるのかと至極真っ当なことを聞かれ、ことの経緯を正直に答えた。諸伏さんに会ったこと、その途中で少年探偵団が観覧車に取り残されていることに気がついたこと、助けに行くしかないと思ったこと、途中で哀ちゃんと合流して今に至ること。陣平さんは5秒間ほどため息を吐いていた。頭を抱える様が容易に想像できる。
こちらを心配そうに見る少年探偵団。最初は「ん?」って顔をしていたのに、電話の相手が松田陣平であるとわかると、急にニヤニヤしだした。もう勘弁。
『家で待ってろって言ったはずだが』
「ソウデスネ」
『アンタはじっとできねえのか』
「だから、ここであの大人しく救助待ってるから」
じっとしてるし、できれば危ない目には遭いたくないし、黒の組織なんて全く関わり合いたくない。本音だ。松田陣平とお付き合いしておいてまるで説得力がないかもしれないけど、それとこれとは話は別。とにかく平穏に生きていたい。
『絶対変なことすんじゃねえぞ』
「はーい」
『待ってろ、落ち着いたら迎えに行く』
じわじわと頬に集まる熱を隠すように、膝の間に顔を埋めた。うんと小さく返した声は聞こえただろうか。聞こえてなくてもいいや。照れたってバレたくない。じゃあまた後でと通話を切る。ああ、恋人がイケメンだって辛いな。いちいち心臓が壊れそうになる。
「今のは、松田刑事ですね」「名前お姉さん顔赤いよ?」
「熱あんじゃねーのか」
「違うわ、照れてるだけよ」
「もう殺して……」