この世界ってとにかく頭おかしいんじゃないかと割と本気で思ってる。私が子供たちを助けるために走り出すと、すぐに園全体が停電に。もうそれだけで大パニックだ。しかし、これはまあいい。停電なんて慣れたもんである。
混乱する人波を避けてひたすら走り、観覧車の中についた時に大きな音がした。上を見ても暗くてよく見えないが、とにかく何かが破壊された音だ。もしかしたら組織が動き始めた? 相変わらず何の前触れもなく人のつくったものを好き勝手壊す迷惑な奴らである。趣味:破壊なの?
「って、嘘、!」
哀ちゃんが柵に乗って、身を乗り出す。どこかに飛び移りたいのか。にしたって危険だ。そう思っていた矢先、バランスを崩したのが見える。私の鈍足を必死に動かし、手を伸ばす。間に合え、
「哀ちゃん……!」
「あなた、――キャッ」
掴んだ。小さな手。こちらに伸ばされたそれを掴む。しかし、私も体勢が悪い。このままじゃ二人一緒に落ちる。そう思った時、上から颯爽と風のように現れたのは、白い髪の綺麗な女性。私と哀ちゃんを支え、立て直してくれた。
「ありがとうございます……?」
「、何してるのアナタたち!こんなところで」
女性は哀ちゃんが落ちなかったことに安心したのか、ほっと胸を撫で下ろしている。すごく綺麗な人だが、さっきの身のこなし。私のような一般人でないことは確定である。巻き込まれたくないような、自ら巻き込まれに行っているような。
「哀ちゃんと同じ理由。あのこたちがまだゴンドラにいる」
「それは本当!?」
「本当です、さっき連絡しましたから。――早く助けに行かないとマズイ、んですよね?」
詳しくは知りませんけど、と付け加える。知らないし、知りたくもない。黒の組織案件は御免だ。荷が重すぎる。
「ええ、そうね。時間は、おそらくないでしょう」
「危険すぎるわ、早く安全なところへ」
「人手は多い方がいい。大丈夫、下手なところに首は突っ込まないよ」
私がそう言うと、哀ちゃんは渋々引き下がった。哀ちゃんの小さな体よりもいくらか助けになれることは確かだ。こうしている時間も勿体無い。私たちはゴンドラ目掛けて走り始めた。
……と、まあ格好いいことを言ったが、すぐに後悔することになる。停電が開けないまま動き出したところまでは良かったが、今私は哀ちゃん抱えてダッシュしている。銃撃を浴びせられながら。
「ここ本当に日本?」
「ちょっと、アナタ頭下げて! 死ぬわよ」
「ヒィ すいません」
観覧車を何者かが爆撃している。視界は完全にテレビである紛争地帯と同じである。こんなこと経験する人生ハードモードすぎて笑えない。やっぱり死にそうだ。
どうやら襲撃対象は動いているものらしく、一旦まだ安全そうな壁に身を隠す。さて、ここからどうする? ちょっとでも動けば銃撃。当たれば一発であの世行きだ。
「奴らの狙いは私。あの子たちはアナタたちに託すわ」
「だめよ、殺されるわ!」
女性がスカートを破って立ち上がる。囮になる。胸の奥がヒュッと冷えた。必死に止めようとする哀ちゃんの腕を私が掴んだ。自分が助かりたいからじゃない。あのこたちを助けるには、それが一番いい選択肢なのだ。それに追うものが多い方が彼らの意識も分散する。
「ここは、彼女の言うとおりにするのがいいと思う」
「でも」
「あのこたちは私が助けます。だからアナタも絶対に殺されないで」
女性は微笑んで頷く。とっても綺麗な人だった。哀ちゃんの引き止める優しさも、彼女の身を呈する優しさも双方理解できる。しかし、今は最善の道を選ばなくては。
「またね、素敵なレディ」
風のように消えていく彼女を見送り、私たちも立ち上がった。彼女がせっかく身を挺して囮になろうとしているのだ。やれることをやらなくては意味がない。
「行こう、哀ちゃん」
「……何も聞かないのね、こんなことになってるのに」
私は哀ちゃんの頭にそっと手を置き、努めて優しく撫でた。不安、悲しみ、恐怖。人間なのだから感情はあって当然だ。私だって怖くて震えてる。
「うん。でも知らなくてもいいことってこの世の中にはたくさんあるよ。私はみんなより長く生きてるから知ってるの」
人生2回目。これでも経験は豊富な方だ。もちろん、観覧車に登ったことはないけれど。