彼の手が、私のお腹の傷に触れる。壊れ物を扱うように、丁寧に塗られた薬。傷は塞がっている。相変わらず、気持ちの悪い身体だなあと思ったけれど、生きることができたのはこの体質と、この力をくれた神さまのおかげであるので言わなかった。

「調子は」
「おかげさまで」

だいぶ良いです、と言うと、船長さんは、器具と薬を仕舞いながら「ぶらぶら歩き回れるみてぇだしな」と皮肉った。やはり、エースくんと甲板で会っていたことは知っているらしい。ハートの情報網恐るべし。怒られることは覚悟の上だったが、意外にも説教は降ってこない。もちろん、この歳になって年下に怒られるなんて御免だけれど、船長さんらしくなくて不安になる。何かありました?と、聞いたら、それは絶対に怒られそうだ。

「……3年前のこと、覚えているか」

しばらく間があって、先に口を開いたのは船長さん。ベッドの足元に腰を下ろす。視線の高さが合うことなんて滅多にないから、心臓が慌てて動き出した。

「覚えているから帰ってきたつもりだったんですけど、」

迷惑かけて、ごめんなさい。頭を下げる。お腹がちょっと痛い。船長さんは何も言わない。そうじゃない、とそれを否定するように黙り込む。彼の考えは、たまに私のすぐ近くにあって、時折すごくすごく遠くにある。その距離は、私一人じゃどうしたって埋められない。

「……ならこれで、俺とお前の雇用関係は終了だ」

血塗れのビブルカード。別れの血判状にしては、生々しいが過ぎる気がする。船長さんが、私を見詰めて、静かに口を開く。

「いま、もう一度だけ、言う。何があっても、これが最後だ」

神さまの言うとおり、まっすぐ進んだ道の終着点。船長さんの薄い唇が、私の名前を紡ぐ。

「俺の仲間になれ」

時の止まった世界でひとつ、彼が私の心臓を動かしている。涙は、流れただろうか。回らない頭では、彼が私の頬に触れた意味も考えられない。長い道だった。ひとりと、たまにふたり。ここは、新たな始まりの場所。

「……意外と、気が長いんですね」
「……お前だから特別だ」

返事は。ほら早く、彼の親指が私を急かす。

「一緒に、いきたい」

これからもずっと。つまらない言い訳は、もうしないから。船長さんが、ほんの僅かに笑みを見せる。それは安堵。いつもこのくらい分かりやすい人だったら、みんな苦労しないだろうに。

ドキドキしたけれど、今度こそ、邪魔は入らなかった。近づいて、離れてゆく低めの体温。一度触れたからかなあ、まちがいさがし。やっと分かった。

「心配かけて、ごめんなさい」

大切に、思っていてくれていたのにね。

「お前が生きてりゃあ……いい」

彼の、見かけによらず逞しい腕が、私を傷に障らない程度の力で抱き寄せる。そっとバレないように抱きしめ返せば、腕の力が強まった。何もかも、きっと私の心の内だってバレバレだけど、お腹の傷がほんのちょっぴり痛いことは、言わないでおこうと瞼を閉じる。