「もう、起きていいのかよ」
足音がして振り返る。エースくんが、いた。
「多分ダメだけど、わたし傷の治り早いから大丈夫」
少し、外の空気が吸いたいんだ。不安定な足元を隠すように柵に凭れる。エースくんはあまり強く咎める様子もなく、「……ったく仕方ねぇな」と私の隣に腰を下ろす。彼もまた、同じくらい大きな傷を抱えているのだ、本来なら寝てなくちゃ。多分、あとで船長さんに怒られる。
弱く風が吹いていた。目が覚めて、1週間あまり。傷は順調に癒え、元々治癒能力の高い身体ではあるので、短い距離なら歩けるまでになった。これでも、歩かせてくれるような甘えた環境には置かれていないので、みんなの目を盗んで抜け出してきたのだが、やっぱり外の空気はいい。抜け出して正解だった。
「……なんであんな危ねぇ真似したんだよ」
エースくんが、わたしに質問する。ちらりと視線を向けると、なにかを堪えたような顔をしていた。
「……ぜんぶ、俺が悪いのに、」
白ひげさんは、私とエースくんが運ばれるのを見届けた後、亡くなったと聞いた。能力は黒ひげに吸い込まれた、とも。やはり、大筋は変えられなかったらしい。彼の生、──たったひとつを除いては。
「言ったじゃない、生きてほしかったんだ」
エースくんに、エースくんの未来を。
こんなところで死んでほしくなんかなかった。わたしにできることがあるならしたかった。
「お前まで死ぬとこだったんだぞ」
彼はとても真面目な顔で、私は、やはり彼に傷を負わせたことを知る。
「俺は海賊だ、死ぬことなんて怖くねぇ」
その言葉に嘘はない。彼の言葉を疑うつもりなんてこれっぽっちもない。たしかにエースくんが自分が選んだ道の先があれだったとして、きっと君は後悔なんてしない。そういう、真っ直ぐな人だって、ちゃんと知ってる。
「私が怖かったんだよ」
だから、これもあれも、ぜんぶ私のエゴだ。エースくんに生きてほしい。死んでほしくない。私が勝手にそう望んで、やったこと。
「エースくんが死んじゃうことが、怖かった」
勝手なことしてごめん。でも、生きてて、よかった。こうやって、泣きそうな顔、また見られて、よかった。名前って、もう一度名前呼んでもらえて、本当によかった。
「名前」
ふわりと腕を引かれ、気付けば彼の腕の中。よろめいて、ぶつかるように抱きしめられる。やっぱり体温高いんだね、って、そんなこと、今言うことじゃあないか。
「……俺が守りたかった」
空から雪が降るように、そして、それが地面に落ちて溶けてなくなってゆくように、エースくんの言葉が優しく私の中に落ちてきて、静かに消えてゆく。
「弱くてごめん、傷つけて、……ごめんな」
いいんだ、違うんだと私が彼の中で首を振る。ぽんと優しく髪を撫でられた。
「あいつが好きか」
ハッとして、身体を離すと、エースくんは寂しそうに微笑んでいた。あいつ、って船長さんのこと以外ないか。分かった上で、気付いた上で、それを聞いてくれるんだね。
「うん、……とても」
きみに、嘘はつかない。そうか、って、エースくんが笑う。この人は、やっぱりいつまでも私の太陽に変わりない。
「泣かされたら俺に言え、今度こそ攫いに来てやるからよ」
「……ん。覚えておくね」
彼が、別れを惜しむように髪を撫でる。大好きだ、ってあくまでも家族に向けるそれを装って、彼が口にする。わたしも彼の黒髪に手を伸ばす。
「私だって、エースくんのこと大好きだから、……忘れないでね」
残酷かもしれないけれど、今まで通り、私の大切な人でいて。彼は笑って、私の額に唇を寄せた。彼の光がこれからも、世界を照らしてくれますように。