生きる意味について、考えたことがある。

たいそうなことを言っているようで、実は大したことじゃあない。結論、生きてみなきゃ分からないのだ。私はエースくんを助けるために生きてきた。それは間違いない。でも、その為だけに生きてきたのかと聞かれたら多分違う。この世界を見たくて海に出たし、エースくんに出会ったあとも色んな人に巡り会い、別れ、人並みな恋もした。こうやって振り返ってみると、何もかも、どれもが美しい。たくさんの人が、私の人生を美しいものにしてくれた。でも、最後はひとり。とても寂しい。

体に大きな穴が空いた。もちろん最初で最後の経験だ。痛みはほとんどなかった。あのマグマは、感覚までも焼き尽くしてしまうらしいや、恐ろしい。死ぬつもりなんてこれっぽっちもなかった。でも、彼の命の炎が消えてしまうと思ったとき、自分の命を懸けることに迷いもなかった。きっと、私の力は、このためにあったのだ。エースくんは、助かっただろうか。助かってなかったら困るんだけど、途中で力尽きてしまったから、分からない。船長さんは、怒っているだろうか。もう一度、戻るって約束したのに、果たせなさそうだ。本当に、あの船に帰ろうと思っていたのに、嘘じゃあないのに。言い訳も、できそうにないなんて。

「何を勝手に死んだ気になっとるんじゃ」

白い空間。右も左も上も下もない。無の中に、ポンと存在だけが浮かび上がる。それは、初めて会った時に状況が似ていた。つまりは、私が死んでしまった時なのだけど。その時と同じく、胡坐をかいて偉そうに座っているのは、神様である。

「だって私、死んじゃいました」
「誰がそんなこと許した」

フンと、彼は怒っているようだ。前世より長生きしましたよ、とは、冗談でも許してくれそうにない雰囲気である。

「ごめんなさい……」
「謝って済む問題か馬鹿者」

神様は、つかつかと私に歩み寄り、顔をしかめる。シワシワの顔が余計に皺だらけ。ああ、そんなこと言ってる場合でもないって、知ってるよ。

「こんな大きな穴もらいおって」

その時になって、ようやく私は、神様が怒っているのではなく、悲しんでくれているのだと気付いた。ここにも私という存在を大切にしてくれる人がいた。もう一度、心を込めてごめんなさいと言えば、神様は何やら神様らしい杖を取り出し、それを私の前に掲げる。

「だから誰も死んだなどと言うとらん」
「えっ」

難しい言葉を並べ、杖を振る。

「こいつはわしがもらう」

傷が、少しずつ塞がってゆく。

「もっと自分のために生きんか阿呆」

なんだか今日の神様は口が悪いなあ。私はごめんなさいと口にしようとし、それは彼の望むものでないことを思い直した。

「ありがとう、おじいちゃん」

私は、あなたが助けるべきだと、思える人間になれたんだね。神は人の心を見透かしたように、自惚れるでない、とピシャリ。ごめんなさい、でもそういうことでしょう。

「この先は、ここから見ているぞ」

神さまが、手をかざすと、無の空間に道ができた。さっきまで何も感じなかった体が、思い出したように動き出す。

「もう、会えないんですね」

いちばん近くにいてくれた、何もしてくれないと言いながら、いてくれるだけで少しだけ楽しかった。少しだけ。でも、一人じゃなかった。「わしはもう必要ない」だからそんな切ないことは言わないで。

「ずっと言い忘れてましたけど、私、前世、自殺じゃなくて事故死ですからね」

一歩進み、振り向いてそう言うと、知っておったわと、手をシッシと払われた。早く行け、と振り返るな、と。最後に一度、深く頭を下げる。ありがとう、ございました。顔を上げる。そこには何もない空間があるだけだった。言われた通り、ひとりで一本道を進んだ。