レイリーさんは、一人の海賊の話をしてくれた。島に愛する彼女を残して、一人の男と共に海へ出た。暫くして、島の彼女から子供を授かったことを聞かされる。男はそれを素直に喜んだ、愛する彼女との間にできた子供だったから。

「この旅を終えたら必ず戻る、そう、彼は手紙に書いて、彼女に送った」

その後、男の元に、赤ん坊の写真が届く。元気な男の子。連れの男もたいそう目出度いとそれを喜んだ。時間が経ち、島からどんどん離れてゆく。手紙も届かなくなった。男はそれでも彼女を愛し、遠い空にいる家族を想う。この旅を終えたら。何度、そう、記憶の中の彼女に約束したことか。

「……しかし、男は彼女に再び会うことは叶わなかった」

彼女は、一年前に病気で亡くなっていたそうだ。男はそれをたいそう嘆いた。息子は、彼女の親戚の家に引き取られたと聞かされた、もう男の出る幕はない。男は島の一番良い場所に彼女の墓を立て、遠くから息子の幸せを祈ることにした。名の知れた海賊になっていた自分と関わりがあることが知れては、息子の人生を妨げると分かっていたから。

「それから、二度と息子さんとは会わなかったんですか?」
「男はそう思っていたのだがね、人生とは不思議なものだ」

男の息子は、立派に成長し、愛する人と出会い、家庭を持った。一人娘がいると、男はツテを経て聞いた。しかし、血は争えないと言うべきか、男の息子は海賊になる道を選んだ。島を出て、仲間を持って、海を渡る。島には帰らなかった。男は息子の行く末を案じたが、父として、できることなどない。

「海軍はそれがあの男の息子だと突き止め、躍起になって追いかけた。男が最も忌避していた事態だ。見せしめ、とでも言うんだろうか、息子は捕まり、公衆の前で首を撥ねられた、しかしまあ、堂々とした死に様だったそうだよ」

もうずっと昔の話。息子は死んだ、男は絶望しなかった。息子が、男として、選んだ道だったのだから。涙は出ない。悲しくもなかった。寧ろ誇らしいとすら思った。ただ、不幸な女性を増やしてしまったことを憐れんだ。

「……息子さんは、どうして、海賊になると決めたんでしょうか」
「さァな。しかし、海は男の浪漫だ、時に人生を狂わせる」
「レイリーさんも、──貴方もそう思いますか?」

暫くの沈黙の末、白髪の老人はゆっくりとそれを肯定した。彼女はそうですかと苦笑い。飲みきったココアのマグを手に立ち上がる。

「随分と、つまらぬ話をしてしまったね」
「いいえ、お陰で眠たくなりました」
「そうか、それは良かった」

流しにマグを置き、彼女は最後に一つだけと口を開いた。

「きっと、残された女性は不幸ではなかったと思います。男の人と同じように、彼を愛していたなら。……残された娘だって、……きっと」
「……君は優しいな、本当に、彼女にそっくりだ」