「上がって、今お茶いれるわ」
「本当にお構いなく」
小さい家だけれど。嫌味なく言った彼女の家は紛れもなく大きかった。聞けば両親から譲り受けたそれだと言うので納得したものだ。
シャボンディ諸島。マングローブの大地を踏みしめ、早一週間。宿に滞在したはよいものの、流石に観光物流国政の要というべき場所、これまでより数段宿代が高い。安い宿に泊まれば良いとして、それらは無法地帯にしかないと言われてしまえば恐ろしくて足を向ける気にはなれなかった。さてどうしたものかと市場を彷徨い歩いていたら、道端で女性が困っていたので手を貸した。正確には左手を翳した。幸運にも特殊体質のおかげで怪我は治りやすい。困った時こそ人助け、と安易な気持ちで助けたのだが、御礼をさせてほしい~という流れで何故か部屋を間借りすることになった。
彼女の名を、エマさんという。
もちろんお断りもした。そういうつもりじゃなかった、と。でも美人は案外強引というか何と言うか、行くあてもないのなら部屋も余っている、料理ができるなら任せたい、等。上手く言いくるめられた。私の舌は、やっぱり私が思うより上手く回らない。
「アールグレイでよかった?」
「あ、もう何でも」
「そんなに気を遣わなくていいのよ」
子どもを見るような目で笑われた。いや、エマさんから見たら私なんてちんちくりんかもしれないが、これでも今年25になる立派な成人女性である。年相応の振る舞いを身につけなければと反省した。というか、エマさんが美人すぎてあまり比べるのも馬鹿馬鹿しい気がしてきた。私とは別の人種だ、きっと。
「ちょっと大きな猫を飼っているから、1匹も2匹も変わらないの」
「猫、ですか」
ついに人間から猫に格下げされたらしい。そういう日もある、人間だもの。
「そう、結構年なのに元気だからいっつもフラフラ。ほとんど野良猫ね」
余程猫が可愛いのか、エマさんはとびきり素敵な笑顔を見せてくれた。美味しい紅茶に美人のスマイル。これでエマさんが愛でているという猫が帰ってきたら、もう何も言うことがない完璧な午後になる。悪くない。「いいじゃないですかぁ」流浪人にペットなどとても無理だが、前世でよく見た漫画やアニメのキャラは、そういえばほぼ必ず相棒の賢い小動物を飼っていたなと思い出す。エサ代も馬鹿にならない昨今では現実味のない話だ。
「……あら、帰ってきたみたい」
窓を見る。猫1匹、まあ小さければすり抜けられるかな程度に開いている。しかし、エマさんは頬杖をついてドアを見やる。ドアを押し開けるには、些か重厚な扉だ。しかし、ギィと先程私たちが開けた時と同じ音を立て、その扉は難なく開いた。あ、これは様子がおかしいと思った時には、何もかも遅いのだ。
「おや、お客さんとは珍しいな」