軽く握り返した手を、エースくんは見つめて、静かに離した。気がついた頃には、もう美しい島の光は遥か彼方に見えなくなっている。「変わんねぇなぁ」と彼は呟き、不満そうに笑う。やっぱりエースくんの笑顔が好きだ。
「でも俺だって変わってないからな」
「え?」
エースくんは立ち上がり、私の方を真っ直ぐ向いて立った。必然的に向かい合わせになり、見上げなければいけない程、大きくなった彼に十分変わったけどねと心の中で問い掛ける。
「名前は前言っただろ、……人生には出会いと別れしかないって」
「……よく覚えてたね」
「あの時は意味わかんなかったけど、今なら、少しだけ分かる気がするんだ」
私のいない長い時間の中で、彼もたくさんの出会いと別れを経験したのだろう。たくさんの喜びと悲しみが、今のエースくんをつくっている。
「でも、別れのない出会いだってある」
彼のそれは、きっとこの世の真理であり、正解に最も近いものだ。
「家族は、離れていても別れねぇ」
私はもっとシンプルな、この世の理について、まだ10歳の彼に説こうとした。その半端な解答を、彼はちゃんと考えて、満点のものにしてくれたのだ。
「今は別れても、また会う。必ずまた会いに行く。今度会ったら、俺は別れる気はねぇぞ」
じゃあ行けるところまで行ってるからね、と私は告げる。彼は頷く。私が着いてゆきたくなるような、そんな男になれよと言った。未来がどうなるかなんてまだ分からない。果たすべき約束が私を縛り付けるとして、それがすべて果たされた時、未来はどう傾いてゆくのか。曖昧で不確かなものを持っていたっていいだろう、邪魔にはならない。
「今度はちゃんと見送るから、頼むから黙って行ったりすんな」
笑って頷く。あれは早朝。さわやかな風と、ダダンさんだけが、私の旅立ちを見送った。ごめんね、明日はちゃんとサヨナラをしよう。そして、指切りも。
・・
・
「またな!!絶対だぞ!」
翌朝、無事島へと辿り着いた白ひげ一行は約束通り私を人気のない港へと下ろしてくれた。何度もそう言う彼に大きく手を振る。また、私と彼が会うことはあるだろう。その時に今回のような穏やかな再会はきっとないけれど、それでも、その先に続く未来があるのなら、それも耐えられる。今はただ自分の思ったことを信じてゆく。
「お嬢さん船を探してるんだって?」「はい、」
「どこまで行きたいんだ?乗せてやってもいいよ」
気前の良さそうな漁船の船長さんが声を掛けてくれた。遠くの海域まで行く予定だそうだ、これは都合が良い。お言葉に甘えさせてもらおう。
「シャボンディ諸島まで行きたいんです」
「あなたの形をおしえてよ」〆BACK