ほら見ろ!と勢いよく連れ出された先は甲板。舳先から見えたのは、美しい島の光だった。白くぼんやりと浮かび上がる家々の光が、まるで花畑のように夜空に咲いている。
「綺麗」
私がそう零すと、自慢げなエースくんが、だろ?と笑っている。
「花の島って呼ばれてて、ここらでは有名らしいぜ」
「サッチさんに教えてもらったの?」
「いや、ハルタに……あ」
「やっぱり」
エースくんが大人になったとはいえ、美しい島のことなど知っているようなキャラじゃあない。ある意味変わっていなくて安心した。ちぇっとバツの悪そうな顔を見られたし、大満足だ。
「ありがとう、教えてくれて」
綺麗だねともう一度言えば、エースくんはしゃがみ込み、オレンジのテンガロンハットを深く被り直した。
「……俺が見せたかっただけ」
ああ、素直じゃない。そんなところが、たまらなく愛しいよ。ありがとう。ありったけの気持ちを込めて、再度そう言えばエースくんは黙った。私は左へ流れてゆく花の島を眺めている。花光海──生涯で最も美しいと思ったあの花の光景が重なって見えた。息を呑むような美しさの前にも、気難しい顔を崩さなかった船長は、今も達者でやっているだろうか。想い出が増える度、何かにつけて思い返すことも増える。彼との記憶は甘酸っぱくてほろ苦い。大切なものには、代わりないのだけど。
「明日には次の島に着くってよ」
「……早かったね」
「行くのか?」
迷いない、強い問いかけだった。
私を見上げる双眸が、昔の頼りなさげなそれとは違っていて、少し気恥しさを覚える。
「行くよ」
彼の目を見つめ返せない私はまるで成長していないのに、彼はどんどん大きく強い男になる。寂しいような嬉しいような、少しの恐れもあった。もう時間がないことを、私だけが知っている。
「行くなよ」
私の手を掴む、彼の手は温かい。陽だまりみたいだ。
「俺たちと、一緒に冒険しねぇか」
彼の強い意志と瞳は私に嘘や誤魔化しを許さない。エースくんが私の手を離さないと言わんばかりに強く握った。まだ互いに幼かったあの時と変わらないのに、何もかも違う。
「俺が守るから」
気休めでも何でもなく、今ならその言葉は守られるだろう。四皇白ひげの船で、隊長を任されるような男に、彼はなったのだから。
「嬉しい、」
最初に出たのは本音。今もそうやって私をそばに置こうとしてくれることは、素直に嬉しい。
「でも、……私は行くよ」
その次に出たのが真実。彼のそばで、彼の未来を変える方法を模索するのは賢いやり方ではない。ヤミヤミなんて恐ろしい能力者の前では私は無力だろうし、彼が黒ひげへの復讐を誓って船を飛び出す時、彼は私を連れて行ってはくれないだろう。
「私も、きみを守りたい」
例え、共に在ることが、その答えじゃないとしても。
「だから、先に行ってるよ」
きみが、これから進んでゆく道の途中で、私はきみを待ってる。