ドドんと貼られた横断幕の下、トイレから戻るとぐうぐうと寝ている皆さん。あらあら、こんなとこで寝ちゃって。今日、グランドラインに入って一週間。富〇Qもなんのその、とんでもない勢いでリヴァースマウンテンを飛び越え、私たちはグランドラインへ突入した。前の船では到底耐えられなかったであろう強さで海面に叩きつけられたが、腕利きの技師の作った船は無事。グランドライン入に成功。
そしてひっきりなしに変わる海流に翻弄され、私はもちろん毎日部屋で吐いていたわけだが、それも落ち着き、今日は、私のお別れ会が催された。ベポさん曰く、あと数日でグランドライン初の島に到達するらしい。万全を期すため、最初に見かけた島はふたつパスしている。リヴァースマウンテン付近の島は、新米海賊をカモろうと必死と聞いたからだ。確かに、ルフィたちも初っ端でバロックワークスに巻き込まれていた。
「みんな寝ちゃったんですね」
たくさんお酒を飲んでいた。私とのお別れというのも宴の口実のひとつで、最近は残った酒を飲みきるべく毎日こんな調子だ。ツマミも追いつかない。
「……」
「船長さん?」
「……行くぞ」
「どこへ?」
船長さんは、鬼哭と酒を片手で持つと、もう片方で私の手を取った。せめて皆さんにブランケットでも掛けないと、お腹出して風邪引いてしまう。「ほっとけ」無情。これぞ死の外科医だ。ちょっと萌える。
「やーっと行ったよ」
「よし片付けしろ~」
「そんな役回り……」
「名前~行かないでよ~」
「いい加減諦めろバカ」
「うわああああああ」
「お前まで泣くなよ面倒くせぇ」
私たちが出て行った後。そんなやり取りがあったとかなかったとか。
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私の手を引いて、船長さんはスタスタと甲板へ出た。前の船より短いマストの下。ドサリと腰を下ろすので、私もならって横に座る。昨日まで潜水していたので少し湿っている。気にしない。船の上の生活にも随分慣れた。
いち、に、さん。数えてみると、ハートの海賊団の船で働いて4年になる。長かった。楽しかった。今すぐ泣いてしまってもいいくらいだ。たくさんお世話になった。ありがとうもごめんなさいも、一言ではとても伝えきれない。「名前」船長さんが手を伸ばす、私の手を取って、ゆるく握った。「お前がこの船に乗って4年だ」私は今年で22歳。運命の日まで、あと3年。
「お前が俺たちを仲間だと認めないならそれでも構わねぇ」
船長さんは、小さく笑う。それでもお前は俺のものだ、と自信たっぷりに語ってみせた。
「勝手だなあ」
私は私のものだ。それなのに、そんなに自信満々に言われたら、どうにもこうにも否定できない。船長さんが握っていた私の手の中に紙切れを一枚握らせた。
「持ってろ」
「これ……」
「ビブルカードだ」
お前が持ってろ、と船長は私に命の紙をくれた。私はそれを両手で包む。少しだけ温かい。命の温度は、誰もが同じ。
「やること終わったら、必ず、もう一度戻れ」
話はそれからだ。──私は握った両手を見て分かりましたと頷いた。そこまでが契約だと言うのなら従いましょう。あと3年、すぐにその日はやって来る。大切な人を助けるには、時間と、大きな力、ほんの少し勇気が要る。やってみせるさ。
「そんなに待てますか」
「お前だから特別だ」
最後に美しい夜空を映して、瞼を下ろした。肩に手が掛かる。今日ばっかりは、流されてしまおうと思った。