懐かしい夢を見た。

自分の部屋。ベッドに、ピンクのカーテン、学習机。机の上には友達に借りたまんまのワンピース。無造作に置かれたリュックの中には教科書と電子辞書、水筒、筆箱。お気に入りのパジャマ、ボサボサの頭のままブレザーに着替えて、階段を降りると、お母さんが味噌汁をよそっていて、お父さんは朝ごはんを食べ終えて、ニュースを見てる。朝のニュース、あのキャスターの名前はなんだっけ。キャスターの横で笑ってる俳優さんは、私の好きだった人だ。明日から新ドラマ始まりますだって。見たいな、録画しなくちゃ。何もかも、目新しくて、懐かしい。全部知ってることなのに、違う世界にいるみたい。

名前、おはよう」

お母さんが、お父さんが、私に笑う。久しぶりなのに。今までも、ずっとこうやって生きてきたみたいだ。もうずっと、会えないのに、寂しさはない。お腹が空いてる。目玉焼き、食べたいな。味噌汁も。白いご飯はいらないや。

「おはよう」



目が覚めて、やあっぱり夢だったと振り返る。あまりに自然に焼きついた記憶は、これからもずっと私の中で生きているんだろう。窓の外、ノースブルーに雨が降ってる。しとしと、音も立てずに。私はベッドから降りて、着替えをする。1週間ちょっとの宿暮らしも今日でおしまい。明日には荷物を全て運び込んで、日が沈む前には出港だそうだ。いよいよグランドラインへ。生きて飛び込めたらいいなって、ペンギンさんは笑ってたけど、まあその点は大丈夫。原作に登場してたの知ってるからね。下手なことは何一つ言えないけども。

コンコン
「はあい」

ドアを開けると、船長さんが鬼哭持って立ってる。出掛けてくるって。

「夜、飯行くから戻るまでに用意しとけ」
「いつ戻るんですか」
「夕方」

相変わらず、セルフィッシュといいうか私の予定ガン無視というか。(別にいいんですけど!)私が町の素敵な殿方に誘われていたら、とか微塵も考えていないんだろうな。あ、船長さんこそ素敵な殿方か。どうでもいいや。

「わかりました、行ってらっしゃい」

お昼は、サンゴさんとヒトデさんと町のおしゃれなイタリアンへ。ここ1週間は宿暮らしってこともあり、厨房担当も休業。他人の作った料理を食べて、これ今度作ってみようとメモしての繰り返しだ。ちなみに今日来たイタリアンは、この島に到着した時から目をつけていて、一人じゃちょっと入りづらいなと思ってた。美味しいパスタが最高。これも今度作ってみよう、イカとトマトのパスタ。潜水艦って釣りとかできるのかしら。

「いよいよグランドラインか」
「偉くなったぜ、俺たちも」
「船員も増えたしなあ」

ふたりは昼間からワイン飲んで語ってる。確かに、私がこの船に乗った時は10人ばかりしかいなかったハートの海賊団も今や15人越えだ。原作だと何人設定なんだろう。シャチ、ペンギン、ペボくらいしかまともに登場していないからその辺は謎。シャボンディで一人奴隷になってた大きい人が仲間になるんだっけか。

名前?」
「……はい?」
「なにぼーっとしてんだよ」
「すみません、なんでもないんです」

そう、なんでもない。これは、なんでもないことなのだ。

「えっ、キャプテンとデート?」
「お食事に誘われたんです」

デートとかでは、ないと思うけど。

「男女が、夜に、ふたりっきりで、一緒に、食事することを、名前の島ではなんて呼ぶんだ?」
(あれ、デジャヴ)
「……デート、ですかね」
「そういうこと」

ペンギンさんは頷いて、可愛い格好しろよって言った。化粧はしないのか、って、汗で落ちたら不衛生だからしなかっただけで、メイク道具を持っていないわけじゃない。前はちゃんとしてたし、お店で働く時はそれなりにマナーとしてしてたけど。この船に乗ってからはめっきりご無沙汰だなあ。

「めかしこんで行けよ、キャプテンぜってえ喜ぶし」

そんなことで喜ぶようなチョロい男には全く見えない。私と違って、彼は情に流されにくい男である。「まあ、たまには」夕方、って何時から何時のことを言うんだろうか。船長さんはきっと知ってる。私は、知らない。

これを着る機会もずうっと無かったな、とワンピースに袖を通した。もくもくと白い煙がチラついて、そういえば漫画でふたりは宿敵だったっけかと思い出す。ふたりとも好きなんだけど。多分海賊と海軍という立場でなければなんやかんや気の合いそうなふたりでもある。

コンコン
「はい」

ドアを開ければ船長さんが鬼哭も持たずに立ってる。帽子もない。ちょっと違和感。黒いシャツに、白のパンツ。飾りっけなんてこれっぽっちもないこの人なのに、嫌味なくらいカッコイイ。街を歩けばみんなが振り向いて、隣の女はまあまあだなと品勝手に定めされるんだろう。分かってるよ。私は少し気後れして、それでも横にいろって彼は言う。私は曖昧に笑って、それでもやっぱり、この人の隣を歩いていたいと思うんだ。

「……」
「準備できました!」
「……」
「船長さん?」
「……、……行くぞ」