「名前、新しい船!船見に行こう!」
朝ごはんの後、ドンドンと部屋のドアが叩かれたと思って開けると、瞬間ベポさんはそう言った。いいですよ、と外に出るとどうやら皆さん揃って見に行くようで、船長以外のクルーが待っていてくれた。ぞろぞろと歩いて、宿から港への道を行く。船の引き渡しが完了したことを船長さんが伝えたのは、昨晩の夕餉の席でだった。どんな船なんだとみんな興味津々だったが、船長さんが珍しく楽しそうに見てからのお楽しみだと言うので我慢。この海賊団は本当に良い意味で統率取れてるなあと感心した。そして今、わくわくも最高潮。港の外れで腕組みした後ろ姿。船長さんだ、とすぐに分かる。鬼哭は目立つから。
「あ、……ああ」
最初に感じたはずの違和感を、私は長い時間の中で忘れていた。それを今、思い出す。
「名前?」
「……すごいですね」
「ね! さっすがキャプテンだあ」
──まさか、海賊が”潜水艦”に乗るなんて。
すっげえ!と全員が声を揃えれば、船長さんは満足気に中も見てくればいいと促した。私と船長さんは、ぽつんと残され、黒い帆、黄色い船体を眺める。アニワンそのまんまだあと久しぶりに感動を覚える。思えば20年以上ぶり。よく覚えてたな、私。ロー率いるハートの海賊団と言えば、潜水艦が特徴のひとつ。最初にこの船にきた時は、潜水艦じゃないんだなと思ったくせに、今じゃあすっかり帆船に慣れてしまったのだ。
「海の上だけじゃなく、海の中を走る船」
「……」
「ステキですね」
「……ずっと、考えてた」
船長さんが嬉しそうで、私も何だか嬉しい。確実に近づいてくる別れの時も、今は波の音にかき消されて忘れてしまう。船長さんが、来いよ、って言うから、私は差し出された大きな手に自分の手を重ねて船に移った。(まだ)ずっと、苦しいままで。
・・
・
潜水艦の中は、案外広くて、住みやすそうだ。案内してもらった私の部屋も、前のとこより少しだけ広くなってる。鏡台がついてるのが何より嬉しい。もうすぐお別れするつもりなのにな、嬉しくって笑っちゃう。それから甲板、操舵室、管制室、船長の部屋。どこもピカピカ。窓からは海の中が見えて、ちょっとした観光気分も味わえる。最高じゃん。
「こりゃあ快適。離れるのが惜しいわい」
神様、突然出てくるなって。
最後にココだと船長さんが見せてくれたのは食堂。広くて、テーブルも椅子もすごく綺麗で、おまけにカウンターキッチンだから厨房からみんなの顔が見える。これは驚いた。
「……すごい、」
私が夢にまで見たカウンターキッチン。前世から実はひっそり憧れていたのだ。JK時代はマンション暮らしだったから、いつか一軒家に住んだらカウンターキッチンにしたいね、なんてお母さんと話したりもした。叶う前に私はこっちに来ちゃったけれど。それでかくかくしかじか、神様(おじいちゃん)に怒られてここにいる訳だけど。
「……キッチンはよくわかんねぇから業者に任せた」
そしたらこれ。気合い入り過ぎ。
船長さんは、苦笑い。でも嬉しくて嬉しくって、ありがとうございますって言ったら、「お前はいつもそればっかり」って。だって、それは、船長さんが私を喜ばせてばっかりだから。これから海軍だって躍起になる、恐ろしい海賊になるくせに。あんまり、あなたが優しいから。