最近になってようやく、買い出しに限り一人での上陸が認められた。なんでも、そろそろのんびりとした海賊ごっこはやめて本格的にグランドラインに入るための準備をするらしい。小娘一人の買い物には付き合ってらんない、と。分かります。こうして、一人で指が千切れそうになる量の買い出しに行くことがしばしば。

「……おい」

うわあお、びっくりして振り返ると、腕を組んでしかめ面の船長さんが。

「荷物が多くなるときは誰か連れてけって、何度言やぁ分かる」
「だって、」
みなさんあっちへこっちへ、とても忙しそうだった。

グランドラインは未知の世界。しっかり用意しないと生きては帰れないってどこの海賊だって分かってる。曲がりなりにも(前世で予習した記憶を持ってして)私もそのことを分かっているつもりだったので、邪魔になりたくはない。まして、私はただの乗組員。しつこいようだが、海賊の仲間じゃあないのだ。

船長さんはどっぷりとため息をつくと、私の両手から荷物を奪い港の方へと歩き出した。私は慌てて地面に下ろしていた残りの荷物を持って追いかける。誰かと帰る帰り道は、会話はなくとも楽しいものなのだ。

「ここでちょっと待ってろ」

港近くの古本屋の前で、船長さんは私にそう言い残し、店内へと消えて行った。買い物袋を抱えて古書店とは、さすがの威厳も何処へやら。家庭的な男というのはどこの世界でもモテるだろうな、と私は大人しく待つことにした。店先には、〈均一100ベリー〉と銘打たれたコーナー。暇つぶしにのぞいてみると、ボロボロでもはや存在だけが価値になっているようなノートブックや、東の海でも流行った恋愛小説、うそつきノーランドの絵本など、在庫処分のような商品が並ぶばかりで、100ベリーですら惜しく感じる。まあこんなもんだよね、と思った矢先、視界に入ったのは綺麗なターコイズのカバー。表紙に金糸でDiaryとあるので、日記帳のようだ。荷物を地面に下ろし、中を見てみると未使用。紙は若干焼けているが、匂いや手触りは気にならなそうだ。

「おじさん、これください」
「お嬢ちゃん、お目が高いなあ」

▽Law

時計がてっぺんを少し過ぎた頃、ローのドアが控えめに鳴った。こんな時間に珍しいと思いつつ、許可すれば思った通りの女がちょこんと顔を覗かせた。(少なくとも、野朗どもであれば、時間構わずドアを壊す勢いでノックしてくる)

「こんな時間にごめんなさい」
「構わないが、珍しいな。どうした」

名前がローの部屋にやって来るのは、それこそ夕飯の支度ができたと呼びに来るときだけだ。必要以上に仲間と乗船員としての縁引きを重要視する彼女は、一定以上の馴れ合いを望まない。そこまで気にするのなら、いっそ仲間になればいいものを、何度誘っても断られているので無理強いする気もなかった。とは言っても、駆け出しとはいえ自分も海賊の端くれ。望むものは全て手に入れるつもりである。「今日、古書店に寄ったじゃないですか?実はあのとき店先のワゴンで綺麗な日記帳を買ったんです」そう言って彼女が見せたのは、確かにトルコ青が美しい一冊のノート。中を見ても未使用なのか何も書き込まれた形跡はなく、特に不審な点は見当たらない。

「それで、これが中に」

何やら神妙な顔で彼女が出したのは、茶色いボロボロの紙切れだった。二つに折りたたまれていて、中を開くと文字が羅列してある。インク、紙の具合から見て、30年以上は昔のものだろう。
〈新聞を逆さまに読んで、海に映った月を見下ろしながら、隠れてキスをする。この謎が解けたら、君に宝を贈ろう〉
文字の下に描かれているのはこの島の地図。名前は首を傾げながら、どう思いますかと問うた。

「素直に行けば、宝の地図ってところか」

やっぱり。名前が笑う。一人で海に飛び出して、挙句海賊船に乗るような女である。冒険が嫌いということもないだろう。ローが一言、探しに行くかと言えば、面白いほど嬉しそうな顔でいいんですかと言った。

「明日の夜は予定もないからな」

言い訳がましく自分の口から漏れた言葉を、名前はさして気にしていないようだった。ありがとうございますと笑うと、一言夜に押しかけたことを謝って部屋を出て行く。ローは不思議と満たされた気持ちで、ひとつあくびを零した。